第72章 好きなの?
明と里恵は斐羅のお見舞いに来ていた。
「怪我の調子はどうだ」
「ちょっと痛いかな」
「斐羅ちゃん、本当にごめん!」
「明ちゃんが謝ることないよ。私が勝手に飛び出したんだから」
「でも……」
「まあまあ。悪いのはクボタさ」
里恵は続けて、
「それと、クボタに酷いことをして精神をおかしくした杉沢もな」
と言った。
「なおくんは?」
「今日は来れないらしい。事情聴取とかで」
「……そっか」
少し躊躇したのち、明が斐羅に問う。
「斐羅ちゃん……まだ、和泉のこと好きなんでしょ?」
斐羅は何も言わずに、目を伏せた。
「気を使わないでって言ったのは斐羅ちゃんじゃない。だから、私に気を使わないでよ」
「……」
「私もね、考えたの」
明は学校にいる間も斐羅と直史のことをずっと考えていた。斐羅は直史が好き。直史は私が好き。じゃあ、私は……?
「明は、直史のことが本当に好きなのか? 男女間の好きなのか?」
「……自分でも分からない。友達の好きと恋愛の好きの違いって何?」
里恵はうなった。斐羅が、
「なおくんは明ちゃんが好きなんだもん、例え明ちゃんの気持ちが変わったとしても、なおくんは私の隣を歩いてはくれない」
そう言って明は腕をめくった。前に見たリストカットの痕と、大きな痣が見えた。
「これは、お父さんに殴られたときの痣」
「斐羅……辛かったな」
里恵は斐羅をぎゅっと抱きしめた。
「父親は多分警察に捕まるだろう。そしたら、もう殴られることも罵られることもない」
「うん……結果オーライってとこかな」
斐羅はそう言って笑った。
「で、好きなの?」
明は悩んでいた。髪の毛先をいじりながら、
「少なくとも、私には身体を張ってまで和泉を助ける勇気はなかったな」
とだけ言った。
「なあ、斐羅、もう一回アタックしてみたらどうだ?」
「いいよもう。明ちゃんが好きなら、私に邪魔する権利はない」
「……今なら、大丈夫だよ」
明の言葉に、斐羅が「えっ?」と声を出す。
「今なら、諦められる。私は斐羅ちゃんには勝てないもん」
「明ちゃん……」
直史と別れることになるのは少し寂しいが、自分は直史より斐羅の方が大事だ。
そのとき、病室の扉が開いた。
「おっ、主役の出番だ」
里恵が言った。
「待ってたよ、和泉。斐羅ちゃんが伝えたいことあるんだって」
「え、ちょっと明ちゃん」
「伝えたいことって何だ?」
言えと言わんばかりに里恵が斐羅の肩をつつく。
「あの……なおくん」
「何?」
「なおくんは、明ちゃんのこと……好きでしょ?」
斐羅の問いかけに、絶対うんと頷くであろうと思ったのに、直史は腕を組んで考え込んでいた。
「……江川は好きだよ。好きだけど、これが恋愛感情なのか分からなくなってきた。代わりに、安藤が気になってるって言ったら……怒るか?」
斐羅は目を丸くした。
「でも、明ちゃんはなおくんが好きだし……」
「好きじゃないよ!」
明が言う。
「よく考えてみれば、私も恋愛感情なんかじゃないっぽいわ。斐羅ちゃんとくっついてほしいと思ってるもん」
直史がまっすぐこちらを見ていた。
「本当か?」
「本当だよ」
「なら……これから、安藤を意識したいと思う」
斐羅が刺されたときから覚悟は出来ていた。私には、もっといい人がいるさ! と思い込むことにした。
「よかったね、斐羅ちゃん」
「明ちゃん……本当にいいの?」
「武士に二言はない」
「明、いつから武士になったんだよ」
里恵が笑った。恋愛の話はそこで一旦終わった。
「明日から冬休みかあ」
「皆で遊びに行って来なよ」
と、斐羅。
「受験生は遊んじゃ駄目だろうよ」
直史が言った。
「あ、じゃあ皆で神社行こうぜ。合格祈願」
里恵の案に皆は賛成した。
「まあ、私は行けないけどね。当分入院生活だから」
斐羅は少し哀しそうな顔をした。
「結局明は川総にしたのか? 志望校」
「うん。里恵は?」
「定時制。直史は浦高だろ?」
「ああ。安藤は?」
「私も、川総」
「えっ!」「何で!」「どうしてだよ」
三人が言った。
「内申悪いし、お父さん、逮捕されちゃったら家計苦しくて滑り止め受けられないから」
「そっか……それは大変だな」
里恵はそう言ったあと、
「目指せ、全員合格!」
と拳を上に突き出した。もしかしたら、斐羅と同じ高校に行ける。本人は残念がっているだろうが、明にはそれが嬉しくもあった。
入院していた為、更新が遅れました。申し訳ございません。