第70章 許さない。
クボタと直史のことなど知らない明は、いつものように登校して、ナツキたちの元へ行った。事件は放課後起こった。
「え、江川さん」
クボタが明に話しかけた。明も直史と同じく、「へ?」と言いそうになった。
「ちょっと、話があるんだ。校舎の裏で話そう」
言われるがままに明はクボタに付いて行った。
「話って、何?」
「き、君は和泉くんのことが好きなのかい?」
クボタの声は裏返っていた。
「何でそんなこと訊くの?」
クボタは手をもじもじと動かしながら、
「僕、僕、江川さんのことが好きなんだ」
と告白した。明は目を丸くした。クボタが、私のことを?
「私を?」
「そうだ」
「……ごめん。私は、和泉と付き合ってるから」
クボタは一瞬目を大きくさせ、口を真一文字に閉じて何かに耐えている様子を見せた。沈黙が重い。
「……ない」
「え?」
「そんなの僕は許さない!」
クボタが急に声を張り上げたので明は驚いた。
「許さない信じない許さない信じない」
ぶつぶつと言うクボタ。明は気味が悪くなった。里恵がまさしく身体を張ってまで守った人は、こんな人間だったのか。思えば、明はクボタのことを何にも知らなかった。口を利いたことすらなかったかもしれない。
「クボタくん……」
「待ってて、江川さん。僕が、助けてあげるからね」
初めてクボタが笑った。そして、そこから走り去っていった。クボタは何かするつもりじゃないのか? 明は不安になった。クボタが直史に罵詈雑言などを浴びせたりしたら……そんなの避けたい。明は直史の住むマンションへと足を向けることにした。
直史の住む部屋に行くと、彼の母親が出た。
「すみません、直史くんいますか?」
「ごめんね。直史なら今クラスメイトから電話がかかってきて出かけてしまったの」
「クボタ、ですか?」
「え、ええ、そうだけど」
「どこに行ったか分かりませんか?」
「さあ」
やっぱり、クボタは直史に何か言う気だ。でも、どこへ。もしかしたら里恵が何か聞いているかもしれない。明は屋上に上がった。
「おう、今日は遅かったな」
「今日は、明ちゃん」
里恵と斐羅がいた。
「和泉、どこにいるか知らない?」
「ああ、直史ならさっき顔出して丸山公園に行くっていってたぞ。誰かに呼び出されたって言ってたけど……まさか、女子に告白されてたりしてな」
「相手、クボタなの!」
明の叫びに里恵が眉をひそめた。明はクボタから告白されたこと、意味深な言葉を残していったことを早口で説明した。
「直史なら、何言われても大丈夫だと思うけど……喧嘩になったらマズいもんな。一応行ってみるか?」
「うん。そうしよう」
「私も行く」
と斐羅が言った。明たちは、丸山公園へ足を向けた。
「で、クボタ、何の用だ?」
直史がクボタに訊いた。
「江川さん、和泉くんのこと好きだって言ってたよ」
「へ、へえ」
クボタの言葉の意図が読めない。
「江川さん、可哀想。和泉くんが暴力で支配しているんじゃないのか」
「何言ってるんだよ、クボタ」
「裸にして、嫌がる江川さんに無理やり挿れたりしてるんだろ」
クボタからそんな言葉が出てきたのに直史は驚いた。
「そんなこと、してねえよ」
「僕は、君を許さない」
そう言ってクボタは持っていた手提げから何かを取り出した。近くで遊んでいた子どもは、それを見て悲鳴を上げ公園から逃げ出した。直史の身体から血の気が引く。
「クボタ、何のつもりだよ」
「許さないよ、僕」
クボタがにじり寄る。彼は、笑っていた。狂っている。直史はそう感じた。
「クボタ!」
声のした方を振り向くと、明、里恵、斐羅がいた。
「クボタ、やめてよ!」
明が叫んだ。
「江川、こっち来るな!」
直史も叫んだ。明たちが直史を守ろうとして走り寄ってくる。
「江川さん、今僕が君を幸せにしてあげるからね」
「嫌! やめて!」
クボタが直史にそれを向けて走り出す。
「駄目!」
包丁が、服を破り、血を滲ませる。
「斐羅あああ!」
里恵が叫んだ。直史を庇った斐羅に、包丁が刺さっていた。