第7章 小さなシャープペンシル。
「…何?」
「放課後、あいてるか」
掃除の時間。辺りには誰もいない、二人きりだ。明は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、
「えっ、もしやあれ? よく少女漫画で見る、『放課後、中庭に来てください』とかいう……」
「馬鹿、違うに決まってるだろ。大事な話があるんだよ」
直史は呆れた様子で笑った。
「だから大事な話っていうのは……」
にらまれた。冗談が過ぎたと思い、明は口を閉じる。
「部活、何入っているんだっけ」
「吹奏楽」
「悪いけど今日は休んでくれ」
「ええー」
明は不服の声を上げた。だって、コンクールが近かったのだ。引退前の、最後のコンクール。だから少しでも多く練習をしておきたかったのに。
「部活終わってからじゃ遅くなるし、人も多いから変な噂立てられたら困るだろ。それに――今井の話なんだ」
はっとして直史の顔を見た。いつもより真剣な顔、そして里恵の話。明は首を縦に振った。
放課後、直史の数メートル後を明は歩いていた。校舎の中で二人きりだと、もし同級生に目撃されたら誤解を生んでしまう。なのでとりあえず公園で話そうと言うことになった。
「ねえ、まだ?」
直史の背中に声をかけた。もう十分以上歩いているような気がする。
「ここを右に曲がればすぐだよ。――ほら、見えてきた」
ブランコとジャングルジム程度の遊具しか置いていない、小さな公園が少し先にあった。
「ちっちゃ! てか、誰もいないじゃん」
「穴場だぜ。独りになりたい時とかに使えるし」
そう笑って公園に入ってゆく直史に、明も続く。
「ブランコに乗るの久しぶりだなあ」
地面を蹴り、少しだけこいでみる。手に握る鎖はひんやりとしていた。直史は隣のブランコに座り、雲一つない空を仰いでいる。
「で、今井さんの話って?」
彼の方を向く。少しの間、沈黙があった。
「……杉沢の事故、あっただろ。それで、俺見に行ったじゃん」
明はうなずいた。
「それで、そこに……これが落ちていたんだよ」
おもむろにブレザーのポケットから何かを取り出した。明に見えるよう、ゆっくりと手を開く。
手に握られていたのは、動物の足跡の絵がプリントされた、小さなシャープペンシルだった。
「シャーペン……だよねえ」
十センチメートルくらいの、持ち歩きが便利そうな黄色を基調としたシャーペン。いかにも女の子が好みそうなものだ。
「これ、今井の物なんだ」
ぎょっとした。どうしてそんな物が落ちているのだろうか。
「何で、今井さんの物だって言い切れるの?」
心の底では里恵のことを怪訝に思っているのに、いざ真実を知るのは怖かった。心に重いものがのしかかる。
「見たことがあるんだよ。あいつが持っていたの。ほら、そういうの使ってる女子は少ないから、印象に残ってた」
直史は早口で説明した。
「とりあえず、返しに行こうと思う」
「え、今井さんに、」
驚いて言ったので途中でせき込んだ。直史はブランコから立ち上がり、前を向いて言った。
「このままだと、あらぬ疑いまで持ってしまう。だから、本人に真相を確かめるのが一番良いと思うんだ」
和泉は、今井さんを一人の人間として気にしているんだ、と明は少し感動した。自分は彼女を疑うばかりで、何もしようと思わなかった。
「そうだよね。……私もついていっていい?」
言ってから恥ずかしくなった。自分は直史と親しい間柄ではない。その点、里恵と直史は幼なじみだ。なのに、ついていっていい? だなんて何を考えているのだ。しかし彼は振り向いて言う。
「もちろん。その為に、江川にこの話をしたんだ」
名前を呼ばれて明の顔の赤みが増した。直史は男子なんだ、今更らしく意識する。
「何で、私だったの?」
「そりゃあ、友達には言えないし、他の女子には疎まれているだろ?」
確かにそうだ。
「じゃあ、ここから歩いて二、三分だから」
そして直史は歩き出す。明はジャンプしてブランコから飛び下り、彼の背中を追いかけた。




