第68章 これから、よろしく。
紀子は驚いた顔をして、
「それで、スマイリーは何て答えたの?」
と訊いた。
「付き合えないって言った。紀子ちゃんに悪いから。私は、恋愛より友情の方が大事だと思ってる」
紀子はしばらく沈黙していたが、
「スマイリーは和泉のこと、好きなの?」
と訊いてきた。
「……分からないの」
「スマイリーが和泉と付き合ったくらいで友情が壊れるとでも思ってるの? 私はそんなに心狭くないよ」
そう言って紀子は笑った。
「……ありがとう。少し、考えてみ……」
明は途中で言葉を失った。紀子の目に涙が浮かんでいたからだ。
「ごめんっ、これは、そういうのじゃないから。私は大丈夫だよ」
「でも……」
「気を使われて我慢させちゃう方が辛いもん。私は私の力で乗り越える。分かった? 絶対、私に気使わないでね」
紀子は語気を強めた。
「……うん」
自分の気持ちに素直になる。それは簡単そうで実は難しいことなのかもしれない。とりあえず、直史と二人きりでどこか出かけてみよう。明はそう考えながら、目を潤ませる紀子を見つめていた。
「江川、それは反則だろ」
休日、待ち合わせ場所に着いた明に、先に来ていた直史が言った。
「ん? 何が?」
「ニーソ! 絶対領域!」
訊かなくても明は分かっていた。今日は、めったに履かないスカートを履いてきた。二人きりで出かける、言わばデートなのだから、たまには『女の子』になりたかったのだ。
「和泉こそ、髪型気合い入りすぎ。普段そんなにとんがってないじゃん」
「俺はいつもこんなんだけど?」
「はいはい」
どうやら、直史も気合いを入れてきたようだ。
「じよ、行こっか。カラオケ」
「おう」
二人きりで歩く。明は緊張していた。初めて里恵と直史の住むマンションに行ったときも、直史と二人で歩いたっけ。あのときは、全然緊張しなかったのに。
「もう、冬だな」
「今年ももうすぐ終わりか。早いね」
「色々あった一年だったな」
「うん」
会話が途切れる。明は話のネタを探していた。やがて、直史が口を開いた。
「俺、江川と友達になれてよかったよ」
「……私も、和泉や里恵、明ちゃんと友達になれてよかった」
直史のことだけ指すのが照れ臭くて、明は里恵と斐羅の名前を挙げた。
「江川が今井に興味を持っていなかったら、今頃俺たちは挨拶すらしなかったかもしれないな」
直史はそう言って笑った。そうかもしれない。里恵と関わったことで、明の価値観、考え方、人との接し方、全てが変わった。勿論、いい方向に。
明たちはカラオケ店に入った。直史が歌うのは、意外にも女性アーティストのバラードが多かった。しかも、かなり上手い。明は直史の歌声に聞きほれていた。
いいよ悪いもんと遠慮したのに、カラオケ代は全額直史が払ってくれた。帰り道、直史が言った。
「今日はありがとな。楽しかったよ」
「私も、楽しかった」
「俺、江川と付き合えなくてもいい。ただ、これからも一緒に今井のことをからかったり、くだらない冗談で笑い合ったりしたいんだ」
「……いいよ」
「よかった。これまで通り、友達としてよろしくな」
「違う」
「え?」
「付き合っても……いいよ」
明の頬は赤く染まっていた。
「……マジ?」
「和泉の歌、もっと聞きたいから」
「そんなの、付き合わなくても聞けるぞ?」
「付き合えば、和泉の恋愛の歌聞いたらもっと幸せな気持ちになれそうだから。べ、別に、それだけだからね!」
明の言い方に直史は吹き出した。明は直史を好きになっていた。勿論歌が上手いからという理由だけではなかったが、歌唱力は告白を受け入れる決定打だった。
「ありがとな。これから、よろしく」
直史は手を差し出した。明はその手をしっかり握った。
「おめでと」
「いつまでも仲良くね」
里恵と斐羅は直史と明の恋を祝ってくれた。つくづくいい友達を持ったと明は思った。紀子だって「よかったね」と笑顔で言った。まさか、直史と付き合うことになるなんて思わなかった。これで、中学を卒業しても直史とは繋がっていられるだろう。
「でもアタシには分かんねえな。二人とも、直史のどこがいい訳? そりゃ、いい奴だけど恋愛対象にはならねえけどな」
「それは、里恵が女の子じゃないからだよ。異性であんなにいい人なのって、すごい魅力的だと思うよ」
斐羅が言った。
「アタシだって女の子だよ! おっぱい見せようか?」
里恵の言葉に明と斐羅は笑った。
「年が明けたら入試だね」
斐羅が言った。
「来週また模試受けにいかないとな」
「偏差値、上がってるかな」
「明はいくつ上げたいんだっけ」
「三は上げたいな。里恵は?」
「アタシもそれくらい」
「明ちゃんと里恵、最近頑張ってるもん。きっと上げられるよ」
「でも、一番頑張ってるのは斐羅だよな」
里恵の言葉に、斐羅は不思議そうな顔をした。
「え、どうして私?」
「未来のことを考えるのをあんだけ嫌がっていたのに、今は高校に行こうと頑張ってる。すげえよ、それって」
「……ありがとう」
斐羅は照れ臭そうに頬を掻いた。
「私たち、どんな大人になってるんだろうね」
明が呟いた。自分には未来の想像図はまだ描けない。でも、『大人』には確実に近付いていっている。




