第67章 悩み。
明は少しずつ、家で勉強をするようにした。里恵や斐羅と一緒に問題を解くこともあった。直史は屋上に来なくなり、明はちょっぴり寂しく感じていた。そろそろ告白の答えを出さなければいけない。
「なあ、江川」
学校で直史が話しかけてきた。
「何?」
「考えてくれたか?」
「あー……」
明はしばらくの沈黙のあと、
「ごめん。私、和泉とは付き合えない」
と言った。直史は頷いて、
「そっか」
と言った。
「私は、斐羅ちゃんや紀子ちゃんが大切だから」
二人を差し置いて付き合うということはどうしても出来なかった。
「紀子って、新井?」
「うん」
「何、あいつ俺のこと好きなの?」
「あ」
つい言ってしまった。私は笑ってごまかそうとした。
「じゃあ、その二人が俺に興味がなくなったら付き合ってくれるわけ?」
「え? え?」
明はあたふたした。そんなの、考えてなかった。
「俺は、お前の気持ちが知りたい」
「……。分かんないよ……」
それが本音だった。
「俺は、江川のこと好きでいていいのか?」
直史の目は真剣だった。
「いいけど……それに応えられるか分からないよ?」
「それでもいい」
直史は一途なんだな、と思った。いつか、自分の気持ちが分かる日が来るのだろうか。
“夢”
黒板にはそう書かれていた。
「皆、将来の夢について書くんだ。何になりたいとか、なりたいと思ったきっかけとか」
担任が原稿用紙を配る。皆がシャーペンを走らせる中、明の手は止まっていた。思い付かない。何にも。担任が、
「ん、どうした江川。思い付かないのか?」
「はい」
「なら、興味のある分野でもいいぞ」
それすら明にはなかった。里恵の方を見ると、ちゃんと手を動かしている。前、夢なんてないと言っていたのに。結局作文は一文字も書けず、一週間以内に提出するように言われた。
屋上で明は訊いた。
「ねえ、里恵。将来の夢、何て書いたの?」
「カウンセラー」
明と斐羅は目を丸くさせた。
「実はアタシ、今カウンセリング通ってるんだ。あいつとのことが結構こたえてね。で、アタシも自分のような思いをしている人を救いたいって思ったわけ」
里恵の言葉だとは思えなかった。斐羅が、
「里恵、偉いね。そんな里恵大好き」
と言って里恵に抱きついた。里恵はバランスをくずし、倒れそうになる。
「私のカウンセリングもしてほしいよ」
と、斐羅。
「あ、じゃあ私も」
「明には悩みなんてないだろ」
「失礼な。私にもあるもん。和泉のこととか、和泉のこととか、和泉のこととか」
明は指を折った。
「全部直史のことじゃねえかっ」
里恵の突っ込みは今日もキレがいい。
「まだ、返事してないんだ」
「返事は一応したよ。付き合えないって。でも、分からない、自分の気持ち」
「本当か? 実は、分かってんじゃないのか」
「いや……」
「斐羅や、紀子……だっけ? 二人に遠慮しているんじゃねえのか」
もしかしたら、自覚はないがそうなのかもしれない。
「私のことは気にしないでいいよ。好きなら、付き合いなよ」
「……」
自分は、直史のことが好きなのだろうか?
「とりあえず、一度デートしてみりゃいいじゃんかよ」
里恵が言った。
「え、でも和泉とは散々お話したし」
「二人きりで遊びに出かけたことはないだろ?」
「うん……そうだけど……」
「そうだね、一度二人で遊びに行ってくるといいよ」
と斐羅が言った。
「そうしてみよっかな……」
明も、デートしてみようという気持ちになってきた。でも、その前に直史の告白のことを言わなければいけない人がいる。
「紀子ちゃん、私、和泉に告白されたの」