第66章 頑張ろうぜ。
「あんた、こんな偏差値じゃ底辺しか行けないじゃないの。今まで何してきたのよ」
明は母親に説教されていた。
「私なんかいつもクラスで十番以内だったわよ。本当に私の子ども?」
「あーもー、うっさいなあ。まだ三ヶ月もあるじゃん」
「三ヶ月しかない、でしょ。その間に偏差値十上げられるの? 上げられる訳ないわよね。取り返しのつかないことってこういうことを言うのよ」
「うざ……」
「今何て言った? 親に向かって何て言った?」
「分かりました、これから勉強頑張りますから」
明だって、正直模試の結果には落胆していた。川田総合の合格確率、三〇パーセント。ナツキと紀子が行きたいと言っている進学校、市立川田にいたっては十パーセントだった。自分はナツキたちと同じ高校には行けない。分かっていたけど、ちょっぴり寂しい気持ちだった。明は屋上へ向かった。模試の結果を発表し合う約束だった。
「お、期待の新人が来ましたよ」
里恵が言った。
「何それ、期待の新人って」
「お前たちは今はただの石ころかもしれない。でも、磨けばきらきらと輝くんだ。宝石なんだよ。by担任」
里恵が担任の喋り方を真似しながら言った。物真似があまりにも似ていたので、明と直史は笑った。と、明と直史の視線が合う。告白されたんだよね、私。明は直史を意識していた。今まで、何とも思っていなかったのに。
「じゃあ、発表していこうぜ」
直史が明から視線を逸らして言った。
「誰から?」
「こういうときは、頭いい順だろ。つまり、俺」
「こいつうざー」
里恵の言葉を無視して直史は紙を広げる。
「偏差値はー……七〇! 国語が七十一、数学が六十七、英語が……」
「あー、もういいもういい。で? 浦高の合格確率は?」
「六〇パーセントだとよ」
「なおくん、やっぱりすごい」
斐羅が言った。
「次は、斐羅だな」
「私でいいの?」
「ああ、明は最後だから」
「え、待って、それおかしいっしょ」
明が突っ込んだ。
「じゃあ特別にアタシの前に発表させてやるよ」
「えっと、いいのかな」
と、斐羅。
「どうぞ」
「偏差値、五十九。最高は国語の七〇で、最低は英語の四十八。あはは、凄い差」
「斐羅ちゃん凄い……」
「さすが、アタシの親友」
「安藤ってそんなに頭よかったのか」
「学校行ってたら、もっとよかったのかな」
斐羅はぽつりと呟いて、しかしすぐに笑顔になり、
「だから、もう二度とこうならないように高校で頑張るんだ」
と言った。
「合格確率は?」
「市立川田が六〇パーセントだって。さすがに浦高は十パーセント」
「県内トップの壁は厚いんだね……」
でも、斐羅は十分凄いと明は思っていた。斐羅は、最近調子がいいように見える。里恵も、もういつもの里恵だ。
「次は私ね。えっと……四十一。馬鹿ですんませんっ」
「……想像以上の馬鹿だった」
「里恵はオブラートに包むってことを知らないのかい?」
「オブラートって何だ?」
斐羅が呆れた顔で、
「里恵……あなたも馬……いや、何でもない」
と言った。
「私は馬鹿じゃないぜ? 偏差値、八十三だもん」
「八十三かー。凄ーい。……って、そんな訳あるかあっ!」
明が言った。
「ノリ突っ込みかよ」
里恵は笑った。
「さっきのは反対で、三十八でしたとさ。明、どう思うよ」
以前の明だったら、「大丈夫だよ。苦手なところが問題に出ただけだって。受かる高校なんてどこにでもあるよ」などと必死にフォローしていただろう。でも、もう今は違う。
「……やばいと思う」
「だよなー」
「よし、一緒に勉強頑張ろうよ」
「した方がいい?」
「した方がいいでしょう」
「私も勉強しないとな」
斐羅が言った。
「え、斐羅は勉強する必要ないだろ」
「私学校行ってないから内申悪いと思う。だから、筆記試験でポイント稼がないと」
「ま、皆頑張ろうぜ」
直史が言った。勉強も大切だが、直史との関係も考えないといけないと明は思っていた。顔はまあまあだし性格だって悪くない、でも自分は付き合いたいと思うか? 分からない。
「江川」
「……何?」
「お前なら大丈夫だよ」
何でだろう、直史に言われると嬉しい。
「明ちゃんはもう志望校決まってるの?」
「一応、川田総合かな。近いからって理由だけだけど」
「皆、ばらばらになっちゃうんだね」
斐羅は哀しそうに言った。高校生になっても、こうやって皆で集まってお喋り出来るのだろうか。人は、前に進む度何かを失ってゆく。そんな気がした。