第65章 好き。
「えー、どうだろう」
直史は里恵のことを心配している。それは、ただの幼なじみだからだろうか。その手のことに鈍感な明には分からなかった。
「明ちゃんは?」
「え?」
「なおくんのこと、どう思ってる?」
「うーん……好きだよ。でも、ラブじゃなくてライクの方」
「そっか」
しばらく沈黙が続いたあと、斐羅が言った。
「私、なおくんのこと好き」
明は驚いて、
「え?」
と聞き返した。
「なおくんのこと、好きなの」
「って、ラブの方?」
「うん」
斐羅が直史のことを好きだなんて、全く気付かなかった。
「斐羅ちゃん、杉沢のこと好きだったんじゃなかったの?」
「同じくらい好きな人がいる、って言ったじゃない。それが、なおくん」
「そうだったんだ……」
「私、明日なおくんに告白しようと思う」
告白。斐羅が直史のことを好きなら、素直に応援したいと思った。
「そっか。頑張って。いい結果になること、祈ってるから」
「ありがとう」
もし、直史が里恵のことを好きだったら。どうか、両想いでありますように。明はただ祈っていた。
次の日、屋上に行くと里恵しかいなかった。
「あれ、斐羅ちゃんは?」
「まだ来てない。珍しいよな」
「告白はしたのかな……」
「告白?」
つい、口にしてしまった。明は慌てて口を噤むが、時は既に遅し、
「告白って何のことだよ」
と里恵が訊いてきた。この様子じゃ、斐羅は里恵に話していないのだろう。でも、どうして私に話したの?
「あ、もしかして斐羅のこと?」
「えっ」
「違うのか?」
「あー……」
明は隠しきれないと思った。
「好きな人に告白するって言ってた」
「てことは、直史か」
「どうして知ってるの? 斐羅ちゃんが言ってたの?」
明は驚いた。
「見てりゃ分かるよ。付き合い長いんだから。そっか、斐羅思いきったなあ」
「ちなみに、里恵は?」
「へ?」
「好きなの? 和泉のこと」
里恵は一瞬きょとんとした顔になると、声を上げて笑った。
「ないない。アタシが直史を? ねーって」
なら、斐羅に可能性はあるのかもしれない。
「アタシ、直史が誰を好きだか知ってるよ」
「え! 誰誰?」
「明、知らないの?」
「知らないよ」
「お前って鈍……」
里恵が言いかけたとき、屋上のドアが開いた。そこには、斐羅が立っていた。
「斐羅」
斐羅はまっすぐ明の元まで来ると、少しだけ笑って言った。
「悔しいな」
「え? 何が?」
「なおくん、下で待ってるよ。明ちゃんのこと」
「え? 何の用?」
明は今置かれている状況が理解出来なかった。
「明って、本当鈍感」
里恵が呆れた顔をしている。
「ほら、早く行ってやれよ。流されるなよ? 素直に自分の気持ちを言ってやれ」
里恵に背中を押されて、明は訳が分からないままエレベーターで降りていった。
「よ」
マンションの前には、斐羅の言った通り直史が待っていた。
「何?」
「安藤から訊いてないの?」
「何にも」
「何だよ、じゃあわざわざ言った意味ねーじゃないか……」
「斐羅ちゃんから、聞いた?」
明は表現をぼかして訊いてみた。
「ああ」
「何て答えたの?」
「俺には好きな人がいる、って」
「え、斐羅ちゃんふったんだ! 酷ーい」
斐羅が可哀想になった。もしかしたら、って思っていたのに。斐羅ちゃんと和泉の関係はよかったのになあ、と明は残念に思う。
「俺の好きな人、っていうのがお前なんだよ」
時間が止まったような気がした。
「……は?」
「俺、江川が好きだ」
明は混乱した。自分のことが好き? 和泉が? 斐羅ちゃんでも里恵でもなくて、私?
「……何をおっしゃっているのですか」
「友達思いで、優しくて。いつの間にか好きになってた」
斐羅の言っていた言葉の意味が分かった。直史が自分のことを好きだったからだ。
「江川は、俺のことどう思ってんの?」
「どうって……好きだけど、それは友達としてっていうか……そんな、恋愛対象として見たことないもん……」
明は戸惑っていた。
「すぐに恋人になりたいとかは思っていない。ただ、考えてみてほしいんだ」
直史の顔は、今まで見たことがないほど赤く染まっていた。
「ごめんね、斐羅ちゃん」
屋上に戻ってきた明は斐羅に謝った。
「謝る必要ない」
「和泉、馬鹿としか言いようがないよ。よりによって私? 謎すぎる」
「いやー、斐羅も長年の思いを告げたんだな」
と、里恵。
「そうそう、何で今になってって告白したの? 付き合い長いのに」
明が斐羅に訊いた。
「本村くんが好きじゃなくなって、本当になおくんが好きだって気付いたから」
「そっか……」
「思いを伝えてすっきりした。明ちゃん、私に気を使わなくていいんだからね。好きなら好きって言えばいい」
明は分からなかった。直史のことは嫌いじゃない。でも、恋愛感情なんて……。
そんな中、明たちは模試を受けて、初めて自分の偏差値を知ることになる。