第63章 消えてしまえ!
里恵は目を丸くした。
「どういうこと?」
「里恵が矢野に襲われそうになったのは、杉沢が仕組んだことだったんだよ」
「……え?」
「里恵を助けることで、杉沢を好きになるように仕向けたことだったってこと」
「まさか……そんな……」
里恵は呆然としていた。
「そうだよね? 杉沢」
「ああ。正解だぜ」
杉沢は笑った。
「里恵の単純さには笑ったな」
「杉沢……嘘だろ?」
「嘘じゃねえよ」
やっと理解したのか、里恵の目から一筋の涙が零れた。
「……信じてたのに。信じてたのに!」
そう言って杉沢につかみかかった。杉沢は里恵を突き飛ばした。椅子が倒れる。
「くそぅ……」
里恵は杉沢を睨んだ。
「お前なんか消えろ! 消えてしまえ!」
「消えるのはお前らじゃねえのか」
田淵が言った。
「……どういう意味だよ」
「江川と今井、黙って教室を出ろ」
「どういうつもり?」
明が訊くと、田淵が懐からナイフを取り出した。明の身体から血の気が引いた。
「さあ、歩け」
「……先生に言うよ?」
「言っただろ? 俺らには仲間が沢山いるって」
杉沢が言った。
「明は逃げろ」
と、里恵。
「でも……」
「早く逃げろ!」
そう言われて明は教室を飛び出した。
「待てや!」
田淵の声が聞こえたが、明は振り返らなかった。まっすぐ職員室へ向かうと、町田先生を見つけて話しかけた。
「先生! 里恵が、里恵が田淵たちにさらわれちゃいます!」
職員室にいた教師全員が明を見た。
「江川、落ち着け。何があった?」
「里恵を脅して、多分酷いことをしようと……!」
「江川、どうした」
話しかけてきたのは担任だった。担任は頼りにならないことは分かっていたが、今起きている状況を一人でも多くの人に知ってもらう必要があると思った。
「田淵たちが、ナイフで脅して里恵を連れ去ろうとしているんです」
「……本当か?」
「信じて下さい」
明は担任の目を見た。担任はゆったりとまばたきをし、
「今井はどこにいるんだ」
と訊いた。
「教室です」
「町田先生、行きましょう」
明の後ろを担任と町田先生が付いて来た。教室に付くと、既に田淵たちと里恵はいなかった。明は青ざめる。
「江川、今井の携帯の番号は知っているのか」
「あ、はい」
「先生の携帯貸すから、とりあえず電話してみろ」
明は担任の携帯を借りて里恵に電話をした。しかし、何コールしても電話に出てくれない。
「里恵……」
明は不安になって泣き出しそうになっていた。
「今井を連れて行ったのは田淵と矢野と杉沢だな?」
「はい」
「町田先生はそいつらの家に電話して下さい。私は他の先生にも伝えて捜しに行って来ます」
「分かりました」
何もしてくれないと思っていた担任が動いてくれている。明は二人の教師に感謝しながら、
「私はどうしたらいいですか」
と訊いた。
「先生たちに任せて、江川は帰りなさい」
「でもっ!」
「お前も危ないかもしれないんだぞ。他の先生に付き添ってもらって帰るんだ」
そう言われると何も出来ない。明は他の先生の付き添いで家に帰ると、すぐさま斐羅に電話をした。
「どうしたの、明ちゃん」
「里恵が、里恵が……!」
明は落ち着かない気分のまま今の状況を説明した。
「……そう、本村くんが」
「里恵、殺されたらどうしよう」
「殺されはしなくても、犯される可能性は大だよね」
斐羅の声は冷静だった。
「ねえ、どうして斐羅ちゃんはそんなに冷静なの?」
「冷静なように聞こえる?」
「うん」
「そしたら……私は演技が上手いのかもね……」
そう言って受話器から斐羅の泣き声が聞こえた。そうか、斐羅ちゃんも不安なんだ。明は斐羅を安心させる為にも泣いたらいけないと思った。
「今、先生たちが捜してる。だから大丈夫だよ、きっと」
「車で移動してたら見つからないじゃない」
「……」
そのとき、キャッチが入った。担任からだった。
「今井が見つかったぞ」
「本当ですか!?」
「ああ……一応な」
明は担任の言い方が気になった。
「一応、って?」
「その……怪我していてな。あと……」
「あと?」
「……乱暴された後だった」
明の足から力が抜けた。へなへなとその場に座り込む。
「今、里恵は……」
「病院だ。警察に連絡して、田淵たちは連れて行かれた」
「怪我って、どれくらいの?」
「軽傷だそうだ。ただなあ……」
「何ですか?」
「江川、今から病院に来てくれないか?」
「勿論!」
担任から病院の場所を聞き、斐羅に里恵が見つかったことを伝えた。
「斐羅ちゃんも一緒に病院行かない?」
「行く。なおくんも誘った方がいいんじゃないかな」
「分かった、和泉に電話してみる」
そして明は直史にも電話をし、乱暴されたこと以外のことを伝えた。犯された、というのはすごくデリケートな問題だ。異性に知られたくないかもしれない。そう思ってのことだった。
明、斐羅、直史は病院に着いた。病室に入ると、里恵は顔に氷のうを乗せていた。担任が里恵の近くに座っていた。
「里恵」
斐羅ちゃんが声をかけた。いつものように笑って「何だよ、アタシなら大丈夫だから」なんて言ってくれるものだと明は思っていた。しかし、里恵はぼうっとしたまま表情を変えなかった。
「今井、分かるか? みんなが来てくれたんだぞ」
担任の言葉にも里恵は無反応だった。
「里恵……」
明は戸惑った。こんなの、私の知っている里恵じゃない。
「今井は怖い目に遭って、一時的なショック状態になっているんだ」