第62章 グル。
屋上には斐羅と里恵がいた。
「里恵……」
「どうした、明」
明は里恵に抱きついて、
「ごめん……里恵……ごめん……」
と言った。
「何がだよ。どーしたよ」
里恵は困惑している様子だった。
「私、自己中だよね。ごめんね」
「明は自己中なんかじゃねーだろ。何があった? 言ってみな」
言えるわけがなかった。里恵の為に矢野と付き合っているだなんて。
「ごめん、何でもない」
明は里恵から身体を離した。
「何か明顔赤くないか?」
酒を飲んだからだろう、顔が火照っている。
「熱でもあるんじゃない?」
斐羅が心配する。明はなるべく明るい声で大丈夫と言い、空を見上げた。雲一つない青空だった。
「何で、人生っていうのは思い通りにいかないんだろうね」
明は呟いた。
「里恵、まだ杉沢のこと好き?」
「……ああ」
「杉沢がどんな奴か知ってるでしょ? あんな奴のどこがいいの!」
「……明には関係ない」
その時、斐羅が里恵の頬をはたいた。里恵は目を丸くした。
「斐羅……」
「苦しいのは里恵だけじゃないって何で分からないの? 私たちは、里恵の親友なんだよ? それが何で分からないの? 私たちのこと、嫌いなの?」
斐羅は畳みかけるように質問した。目が潤んでいる。
「嫌いなわけ、あるかよ」
里恵が言った。
「二人とも、ごめん」
「里恵が別れないというのなら、方法は一つしかない」
斐羅が言った。
「方法?」
「本村くんがいなくなればいいんだ」
斐羅の言葉に明はぞっとした。まさか、斐羅ちゃん……。
「駄目だよ斐羅ちゃん、そんなの」
「でも、それしかない」
「止めろよ、斐羅。そんなことしたって誰も幸せにならない」
「そんなに本村くんのこと好きなの?」
「そうじゃないよ。アタシは斐羅に殺人犯になってほしくない」
しばらく明と里恵は斐羅を説得し、やっと諦めてくれた。そんなにも里恵のことを大切に思っているんだ。それに対して自分は何をやっているんだろう。自己嫌悪。
「アタシは大丈夫だから」
それが嘘だということを明は知っている。やっぱり、どうにかして杉沢と里恵を離れさせなければ。でも……どうやって?
光が見えるようになるのは、これから一週間後のことだった。
矢野とはあれ以来会っていない。明が避けているのだ。そして、たまたま杉沢と田淵と矢野が教室で話しているのを見つけた。何となく、隠れて聞き耳を立ててみる。
「いやー、今井も単純だな。ちょっとお前に守られただけで好きになってやらせてくれちゃうんだもんな」
「お前のおかげだよ。俺の頼みを引き受けてくれてありがとな」
「まさか、お前が落ちるとは思わなかったけどな」
「ダイナミックだったよな」
「あれは痛かったぜ。ま、里恵が手に入ったんだから良しとするか」
そう言って三人は笑った。明の身体に嫌な予感が走った。まさか、田淵は杉沢に頼まれて里恵を襲おうとした? そんな、まさか。しかし、そうとしか考えられなかった。
……許さない。
「ねえ、今のどういうこと」
「うわっ、江川……」
「全部仕組まれてたことなの!?」
二人はふっと笑った。
「ああ、そうだよ。女とやりたかったからな」
と、杉沢。
「それって、女なら誰でも良かったってこと?」
「ああ。里恵が一番騙しやすいかなと思ってな」
信じられなかった。こいつは普通の人間じゃない。おかしい。このことを、里恵に伝えなければ。
「おい、今の話を聞いてただで帰れると思うか?」
矢野が明の手を持っていた。さーっと血の気が引く。
「嫌……」
自分の声が頼りない。そして明は床に押し倒された。
「大声出したらもっと酷い目に遭うからな」
明は手足をじたばたさせたが、男子の力には勝てない。Yシャツのボタンが引きちぎられた。
「止めて……!」
明は泣いていた。その時、教室のドアが勢いよく開かれた。
「明!」
そこにいたのは里恵だった。一瞬の隙をついて矢野から離れ、里恵に抱きつく。
「どういうことだよ……」
里恵は怒っているようだった。
「お前、知らねえの? 俺と江川は付き合ってんの。やって何が悪い?」
「明がお前なんかと付き合うはずがない!」
「……本当なの」
「え?」
「私、矢野と付き合ってる」
明の言葉に里恵は目を丸くした。
「まさか、そんな、どうして」
「杉沢がカツアゲとか薬とかやっているところを見つけたかったから。矢野に近付けば杉沢の悪事が分かると思って」
明は本当のことを言ってしまった。
「結局その証拠は見つからなかったけど、証言なら手に入れた」
「証言?」
「――杉沢と田淵はグルだったんだよ」