第60章 案。
次の日から明は杉沢のことを調べ始めた。クラスの男子に話を聞いたり、杉沢の後を付けたり。情報を集めているうち、カツアゲや薬をやっているという噂は信用性が高いと感じ始めた。でも、まだこれだけじゃ足りない。証拠さえ掴めれば……。
「なあ、江川」
ある日、直史が話しかけてきた。
「何か最近、杉沢のこと調べてるんだって? どうして?」
まさか、里恵と別れさせる為に警察に捕まるような証拠を探している、とは言えない。
「うーん、ちょっとね」
「そういえば今井、まだ屋上に来てないのか?」
「うん……」
「どうしたんだろうな」
本当のことを言ってしまえたらどんなに楽だろう。でも、これは里恵の為にも言っちゃいけない。
「もしかして、杉沢のことと関係あるのか?」
ドキリとした。
「関係ないよ。全然」
「そうか……」
ナツキたちも同じことを訊いてきた。
「スマイリー、何で最近杉沢のこと調べてるの?」
「ちょっとね」
「もしかして、今井さんのことと関係ある?」
「……」
「それなら、うち協力するけど」
「え?」
「私も協力するよ」
「……本当に?」
「紀子と話してたんだ。もしかして今井さんは、そんなに悪い人じゃないんじゃないかって」
「今井さんね、この前私に言ってくれたの。『直史のことが好きなら早く告白した方がいい。彼女がいない今がチャンスなんだから』って」
「そうなんだ……」
「今井さんはスマイリーにとって大切な人なんでしょ? なら、協力してもいいかなって。ね、紀子」
「うん」
「じゃあお言葉に甘えるけど……。杉沢が逮捕されるような証拠を掴んでほしいの」
「ああ、薬をやってる証拠とか?」
「そう」
「任せとけ!」
「私も頑張ってみるよ」
ナツキと紀子の力強い言葉が明は嬉しかった。駒は揃った。あとは、どうやって駒を進めるかだ。
杉沢のことを調べてから二週間。未だに明は証拠を掴めずにいた。カツアゲをする気配もないし、薬をやっているという証拠もない。こうしている間にも、里恵は傷付いているというのに。
「もー、何で証拠見つからないんだろう」
明は焦っていた。
「もしかして、ただの噂だったのかも」
斐羅が言った。
「そんなことない。絶対いけないことやってるに決まってる。あと一歩なんだけど……」
「……案は一つだけあるんだけど……やっぱり駄目、危険すぎる」
「どういう案?」
「本村くんの仲間に入れてもらうの。そしたら薬だって手に入るかも」
「どうやって、仲間に入れてもらうの?」
「簡単だよ」
そう言って斐羅が話した方法は、確かに危険だった。でも、これしか案はないんじゃないか。問題は、どっちがその方法を試すかだ。
「私、試してみるよ」
「駄目。明ちゃんにこんな危険なことはさせられないよ。私が、やる」
「私だって、斐羅ちゃんにそんな危ないことさせられないよ。だから、私が」
しばらく押し問答が続いた。結局答えが出ないまま、話し合いは終わった。しかし、明の中ではもう結論が出ていた。
次の日、明は杉沢の仲間の矢野のげた箱に手紙を入れた。
『放課後、裏庭で待ってます
江川 明』
約束通り、矢野は来た。
「何だよ、江川」
ごめんね、斐羅ちゃん。これは、私がやらなくちゃいけないんだ。
「あの……実は私、矢野のこと好きなんだけど」
「は?」
「お願い、付き合って!」
「……マジかよ。ははは!」
矢野が声を上げて笑った。
「オーケーオーケー。付き合ってやるよ」
「本当? 嬉しい」
誰が嬉しいかよ、ボケ。明は心の中で呟いた。
「これからは、なるべく矢野と一緒にいたいな」
本当の感情を押し殺し甘えた声を出してみせる。
「オーケー。あ、悪ぃ、これから杉沢たちと遊ぶ約束してるんだ。もう少ししたら江川も仲間に入れてやるからな。じゃ」
よし、作戦通りだ。仲間に入れてもらえれば、全てが分かる。なのに、この流れてくる涙は何……?