第59章 無力。
杉沢はにやりと笑って、
「ほら、俺たちは両想いなんだ。だから誰かに四の五の言われる筋合いはない」
と言った。明が、
「じゃあ、撮影会だなんて止めてよ……」
と言うと、杉沢の眉がぴくりと動いた。
「お前、何で知ってんだ」
「明、もしかしてアタシの携帯……」
「ごめん……」
明が謝る。
「じゃあ、これは知ってるか? 撮影会は今日が初めてじゃないことを」
「!」
それは、つまり……。
「里恵の裸を写した写真は既にあるんだよ」
杉沢はそう言って笑った。明はこの杉沢という悪魔に殺意が沸いてきた。元々いけ好かない奴だったけど、こんな奴だったなんて。
「里恵! こんな奴のどこが好きなの?」
「……杉沢はアタシを助けてくれたんだ」
「え?」
そして里恵は語り出した。真実が分からないままだった、あの日のことを。
「廊下でいきなり同級生の田淵たちに『放課後、俺の先輩の車へ乗れ。乗らなければ安藤斐羅をレイプする』って言われたんだ。アタシは、そんなことしたら警察に言ってやるって言った。でも、そいつらは『俺たちには何人も仲間がいるんだぜ』って。そして、『まずは今の状況を分からせるのが先みたいだな』って誰もいない教室に連れ込まれそうになって……。その時、杉沢が現れた。そして、田淵たちを殴り始めた。その時、杉沢は男子のパンチをよけようとして転落したんだ」
それが、杉沢が落下した真相だったのか。田淵とは、学年でも有名な不良だ。仲間も同級生だけではなく先輩、後輩、沢山いるらしい。
「でも、杉沢はそんなことがあって落ちたとは言わなかったじゃない」
「俺が言ったんだよ。ビクビクしながら病院に来た田淵たちに。『このことをばらされたくなければ、もう今井に手を出すな』って」
「それで、本村くんのことを?」
「……うん」
「でも、里恵無理やり杉沢と……してるんでしょ?」
明が訊いた。
「それでもアタシが杉沢を好きなのに変わりはない」
「まあ、別に里恵が別れたいなら俺も話を聞かないわけじゃないぜ? あの写真がどうなってもいいというならな」
里恵の裸の写真か。
「それって脅しじゃない」
明の言葉に杉沢は口元を緩め、
「違うな。誰もばらまくだなんて言ってないだろ? それに、俺は里恵をレイプしたわけでもない。それで俺を捕まえられるとでも思っているのか」
確かに杉沢の言うとおりだ。今の段階では警察は動いてくれないだろう。本当に、二人は付き合っているのだから。だからと言ってこのまま引き下がるのは悔しすぎる。でも、自分の頭ではいい案が思いつかない。斐羅はどうだろう? 斐羅の方を見ると、彼女は鋭い目で杉沢を睨んでいた。
「……もう二人は帰ってくれ」
里恵が言った。
「里恵……」
「帰ろう、明ちゃん」
明は斐羅の言葉に驚いて顔を見た。斐羅は一度だけ頷き、里恵に背中を向けて歩き出した。明は斐羅と里恵を交互に見て、里恵がもう一度、
「お願い。帰って」
と言うので仕方なく斐羅の後を付いていった。
「斐羅ちゃん、いいの?」
鳥居をくぐった斐羅に尋ねる。そこで斐羅の肩が震えていることに気付いた。ああ、斐羅ちゃんは里恵に涙を見せたくなかったんだな。明はそう思った。
「里恵が苦しんでいるのに何にも出来ない自分が悔しい……」
それは明だって同じだった。助けたい。けれど、方法が思いつかない。結局、自分が杉沢との関係を知っていることがバレて里恵を傷付けただけだった。
「どうして本村くんはあんなにも変わってしまったのかな……」
「うん……」
優しかった杉沢というのは明には想像しづらかった。
「その……杉沢のこと、好き?」
明が遠慮がちに訊くと、
「今日までは好きだったんだけどね。あんな姿見たら、もうそんな気持ちどこか行っちゃった」
そう言って空を見上げた。
「それに」
「ん?」
「本村くんと同じくらい好きな人、他にもいるから」
それは知らなかった。明は一度だけ振り返り、里恵と杉沢を見た。小学生の頃、斐羅と両想いだった杉沢。直史とも里恵とも仲が良かった杉沢。里恵が杉沢のことを好きな限り、二人を離す方法も権限もない。
「なおくんなら、どうにかしてくれないかな」
斐羅がぼそりと言った。
「和泉にこのこと言うの?」
「友達に隠し事してるのって、すごく罪悪感ある」
その気持ちは明にも分かる。しかし、これ以上里恵を傷付けて何の得があるのだろう? でも、直史なら。頭がいいから、何かいいアイデアが浮かぶかもしれない。
「言って……みる?」
「今度屋上に来たとき、話してみよう」
「じゃあ私、月曜になったら和泉に屋上に来るよう言ってみようかな」
……でも、本当にいいのだろうか。異性の友達に知られたらどんな気持ちになるだろう。きっと、辛くて、恥ずかしくて……。
「待って、斐羅ちゃん。やっぱり止めようよ、和泉に話すのは」
「でも、私たちだけじゃ知恵浮かばない……」
「……今、私たちに出来ることは何もないんだと思う」
認めたくないが、それが現実だろう。
「無力、だね」
斐羅が悲しげに言った。
「うん」
その時、ある案が思い浮かんだ。いい案とは思えないが、これが最後の手段かもしれないと思った。