第54章 良かったぜ。
里恵はそれからしばらく学校にも屋上にも来なかった。斐羅が心配して何度か電話をしたらしいが、用事があるの一点張りだった。
杉沢によるいじめは今のところ収まっている。里恵の力だろうか? 今度会ったときに訊いてみようと思っていた。
一週間後、里恵が登校してきた。
「あ、おはよ、里恵」
「おはよ」
「最近屋上にも来てないじゃん。どうしたの?」
「ちょっと忙しくて」
「ふーん……。斐羅ちゃんも心配してたよ」
「アタシは大丈夫」
しかし里恵の目の下には酷いクマが出来ていた。
「あ、今井」
直史が里恵の姿に気付いて声をかけてきた。
「よ」
「江川から聞いたけど最近屋上行ってないんだって? 俺も受験勉強で行ってないんだけど。どうしたんだ? 今井が受験勉強……なわけないよな」
「忙しいんだって」
「そうか……」
「スマイリー!」
ナツキに呼ばれたので席を離れる。
「おは」
「おはよー」
「今井さん、久しぶりじゃん」
「だね」
「でも、このクラスも平和になったよねー。いじめもなくなったし、由紀たちも大人しいし」
紀子が言った。
「あ、そういえば昨日の夕方今井さん見かけたよ」
と、ナツキ。
「え、どこで?」
「学校の校庭。昨日は学校に来てないのに何の用事だったんだろう」
どうして、里恵が学校の校庭に?
「私もナツキと一緒に見てたけど、誰か待ってるような感じじゃなかった?」
「あー、かもね」
用事とは誰かと会うことだったのだろうか。でも、誰と?
「ちょっと里恵に訊いてこようか?」
「あー、止めた方がいいんじゃない?」
「どうして?」
「何か周り気にしてたもん。ねー」
「うんうん」
「そっか……」
里恵が知られたくないことなら、訊くようなことはしない。でも、気になるのも事実だった。チャイムが鳴り、明たちは席に着いた。
昼休み、明は体育着を忘れていることに気付き、体育の町田先生に言おうと職員室に行った。しかし町田先生はおらず、もう体育館にいるのかもしれないと思い体育館に向かった。
体育館にはまだ誰もいない。町田先生の姿も見つからないので、一旦教室に戻ろうとしたとき、微かに声が聞こえた気がして足を止めた。
「……だよ。皆が来ちゃう……」
女の子の声だ。どうやら倉庫から声が漏れているらしい。明は倉庫の扉に耳を当てた。
「まだ大丈夫だろ」
低い、男の子の声。
「でも……あっ、あ……」
明は驚いて倉庫から耳を離した。
「や……ん、あ」
「気持ちいいだろ?」
「ん……」
誰かが……こんなところで……明の鼓動が速くなる。にしても、この二人の声、どこかで聞いたことがあるような……。
「今日はこの辺にしとくか。今日も良かったぜ、里恵」
……!
「杉沢……明日も?」
里恵と、杉沢……?
「明日じゃねえよ。放課後、田宮神社で。分かったな」
「……うん」
話が終わりそうだったので、明は急いで体育館を出た。鼓動がうるさい。顔が熱くなっている。どうして? どうして里恵と杉沢が? 二人が付き合っているという噂は本当だったのだろうか。もし、そうだとしてもあんないつもの里恵の声と違う艶めかしい声、聞きたくなかった。目をつむって頭をぶんぶんと振る。しかしあの声が耳から離れない。とりあえず、教室に戻らないと。
教室に戻るとナツキたちが話しかけてきたが、明は上の空だった。