第48章 傷痕。
そして明たちは公園を出ると屋上に行った。
「ねえ、こんなところで花火なんかしていいの?」
明の問いに直史が「駄目だろうな」と答える。
「屋上なんて普段来る人いないから大丈夫だよ」
斐羅が言った。そして斐羅の持ってきた花火セットと里恵の持ってきたバケツとライターを用意する。
「じゃ、火点けるよ」
里恵がみんなの持っている花火に火を点けた。パチパチ、という音がし、先の方がオレンジ色に輝いた。
「わー、綺麗」
明は感動した。暗くなった夜、花火の火だけが辺りを明るく照らしていた。
「うん、綺麗」
と、斐羅。
「たまには、こうやって女子と遊ぶのも楽しいな」
「アタシも直史と遊べて楽しかったよ」
「……私も」
斐羅がちょっと恥ずかしそうに言った。
「また、みんなで遊ぼうね」
明の言葉にみんなが頷いた。
「じゃ、締めの線香花火でもやりますか」
線香花火の先に火が灯る。明たちはそれをじっと見ていた。やがて火はぽたりと落ちた。
「来年も、こうやって遊べるかな」
明が口にした。
「来年も、再来年も遊べるよ」
里恵が言った。多分、一年後はみんな違う道を歩いている。もう、こんな日は訪れないかもしれない。少し感傷的な気分になった。
時間も遅くなってきたので、明は帰ることにした。
「今日はありがとね」
明の言葉にみんなは頷いた。
「じゃあ、またね。斐羅ちゃん、一緒に帰ろ」
「うん」
そして明たちは屋上を出て、エレベーターで降りた。静かな夜だった。
「今日は楽しかったね」
「うん」
「また遊ぼうね」
「……うん」
斐羅の顔色が優れないことに明は気付いた。
「どうしたの、斐羅ちゃん?」
「……うん」
斐羅は迷っている様子だったが、やがて決心したかのように、
「今から話すこと、誰にも言わないで」
と言った。深刻な声のトーンに明も真面目な顔になる。
「分かった」
すると斐羅は左腕の袖をゆっくりとめくり上げた。
そこには、何本もの赤い線が街灯に照らされて浮かび上がっていた。
「……」
明は言葉を失う。
「私、リストカットしてるの」
生ぬるい風が吹いた。
「……どうして」
明はそれだけしか言えなかった。
「辛いの。生きてることが」
自然と二人の足は止まっていた。斐羅は袖を下ろすと、後れ毛を耳にかけた。
「里恵や和泉は? そのこと知ってるの?」
斐羅は首を横に振った。
「人に話したのは今回が初めて」
「どうして、私なんかに話してくれたの?」
「明ちゃんなら、分かってくれると思ったから」
「里恵は?」
「心配、かけたくないから」
その言葉が明は気になった。
「私だって」
「え?」
「私だって心配するよ! こんな私でも斐羅ちゃんの友達なんだよ? 心配するに決まってるじゃん……」
そりゃ、里恵の方が大事かもしれない。でも、自分だって斐羅のことは大切なのに……。
「違うの。明ちゃんが友達だから、告白したんだよ。里恵にこんなこと言ったら、『止めろ』って言われる気がして。だから、明ちゃんだけに話したんだよ?」
斐羅は困った顔をしていた。そうだ、こんなことを気にしている場合ではない。痛々しい傷痕は袖でもう見えない。
「……いつから切ったの?」
「学校行かなくなった頃から」
「痛くないの?」
「切るときは痛いけど、次の日になれば大丈夫」
「……止められないの?」
「うん」
そして二人は無言になった。
「あれ、まだいたの?」
里恵がマンションから出てきた。
「どうかした?」
「里恵の方こそ」
「アタシはコンビニ。二人とも何深刻な顔してんの?」
「――何でもない。帰ろ、明ちゃん」
斐羅はそう言って歩き出した。明も斐羅について行く。
「だから、プール行くのに気が乗らなかったんだ」
「そう」
「本当に、里恵に言わなくていいの?」
「とてもじゃないけど、言えないよ」
リストカットをしてしまうほど辛い心境というのが明には分からなかった。でも、分かってあげたかった。
「じゃあ、絶対誰にも言わないでね。特に里恵には」
別れ道にさしかかったところで斐羅が言った。
「……うん」
「またね」
「バイバイ」
結局自分は何の言葉もかけてあげられなかった。何て声をかけたらいいのか分からなかった。そして、里恵に黙っている自信がないのも事実だった。




