第45章 昔の話。
屋上に行くと、里恵と斐羅がいた。二人は柵にもたれて話をしていた。
「あれ、和泉は」
「まだ来てねえよ」
里恵が答える。斐羅は夏だというのに長袖だったが、それでも身体が細いのが分かった。
「ねえ、私どうしたらいいの? 私、里恵と一緒にいたい。でも……ナツキたちのことも捨てられない。どうしたらいいと思う、斐羅ちゃん」
「私は……」
斐羅は口ごもった。
「明、そんなの無理だよ。どっちも手に入れるなんてできっこない。片方は諦めろ」
「そんな……」
「あの」
斐羅が口を挟んだ。
「学校ではそのお友達といるようにして、放課後は里恵と一緒にいるように分けてみたらどうかな? 里恵、学校は一人でも過ごせるから」
「でも、私は里恵ともっと一緒にいたいよ」
「二足のわらじは履けねえよ」
里恵はもう学校で一緒にいることを諦めている様子だった。
「里恵はそれでいいの?」
「いじめられさえしなければ、それでいい。どうせ学校なんてそんなに行かないし」
「もう……いじめはなくなるよね?」
「さあな」
その時、屋上のドアが開いた。直史が顔を覗かせた。
「よ、今日はありがとな」
里恵が手を上げると、直史は「おう」と言った。
「全員が揃ったところで、訊きたいことがあるんだけど」
明が言った。
「いじめを自作自演したって話だろ」
里恵が口にした。すると斐羅は再びうつむき、重い沈黙が流れた。
「……もしかして、斐羅ちゃんも知ってるの?」
「……うん」
「どうして? どうして自作自演なんかしたの?」
里恵はとつとつと話し出した。
「あの頃、アタシのグループには女王様的存在がいたんだ。みんなそいつのことをもてはやしていた。アタシのことなんて、誰も見ていなかった。このままじゃ、自分の居場所がなくなると感じた。どうすればみんなが振り向いてくれるだろう? そう思ったんだよ」
「……その結果が、いじめの自作自演?」
「そうだよ」
どんな気持ちで里恵は自分の教科書に『死ね』と書きなぐったのだろう。今の里恵からは想像もつかなかった。
「でも、もうそれは昔の話。今はやらねえよ」
里恵はきっぱりと言った。
「そうだよね、昔の話なんだよね……」
明は自分に言い聞かせる。明だって、ちょっと前までは人の言うことに合わせるスマイリーだった。でも、今は違う。自分の意見をちゃんと言えるようになった。私も、変わったんだよね。きっと、里恵も。そう考えると、心の中にあるわだかまりがすーっと消えていくのを感じた。
「江川ももういいだろ? 来週から夏休みなんだから、明るい話でもしようぜ」
「あ、そうだね。ねえ、みんなでお祭り行かない?」
「賛成!」
真っ先に手を挙げたのは里恵だった。
「私も行きたいな」
と、斐羅。
「和泉は?」
「行ってもいいけど」
「本当はすごく行きたいんだろ? 女の子三人に囲まれて、お前も幸せ者だな」
里恵が直史をからかう。
「お前は女じゃねえ」
「今、何つった? 里恵キーック」
里恵が足を高く上げて直史を蹴る。直史はよろめいて柵にぶつかった。明と斐羅が笑う。この幸せがずっと続けばいいと思った。