第44章 好きなの?
明は直史のとった行動に驚いていた。俺には無理だと言っていたのに、里恵を助けてくれた。そのことが嬉しくて、明は里恵に手を差し伸べながら直史に「ありがとね」と言った。
「俺に出来る最大限のことはしてやろうと思ってさ。幼なじみだもんな」
直史はちょっと照れくさそうに頬を掻いた。
「ねえ」
ナツキが口を開いた。
「和泉って、今井さんのこと好きなの?」
「そんなわけねーだろ」
直史より先に里恵がお尻をはたきながら言った。明の頭に浮かんだのは紀子のことだった。紀子はどうやら直史が好きらしい。そのことは、きっとナツキも知っている。もしも直史が里恵のことを好きだとしたら、絶対に里恵と紀子が仲良くなることなんて出来ない。紀子の方を見ると、彼女は口を真一文字に結んで直史のことを見ていた。
「和泉、どうなの」
「好きなわけないじゃんか」
直史はそう言って苦笑いを浮かべた。
「じゃあどうして今井さんのことを助けたの?」
「それは幼なじみだからだって……」
「嘘じゃん!」
そう叫んだのは学級委員の野崎さんだった。みんなが彼女の方を向く。野崎さんはタオルを握り締めながら目を見開いて言った。
「和泉くん、小学生の頃今井さんのこと好きだったじゃん」
ざわめきが起きる。――マジかよ。和泉が今井を? 嘘ぉ。
「和泉、そうなの?」
紀子がハンカチを口にあてながら尋ねた。
「そ、そんなわけねえだろ」
「和泉くん、私と友達だったの。小四の頃、今井さんのことが好きって、そう言ってた」
と、野崎さん。窓から強い風が入ってきて白いカーテンを揺らした。里恵は神妙な面もちをしている。まるで、そんなことは知っていたかのような面もち。ずっと本を読んでいたクボタも、顔を上げて直史のことを見ていた。
「……そんなの、子供の頃の話だろ」
「今も好きなんでしょ?」
野崎さんが尋ねる。ナツキが紀子の肩を押さえた。紀子の目は潤んでいた。
「好きじゃない」
そう直史が答えたとき、チャイムが鳴った。明はもっと話を聞きたかったが、会話はそこで終了となった。里恵は最後まで、何も語ろうとはしなかった。
「スマイリー、やっぱり今井さんはグループに入れられないよ」
次の休み時間、ナツキが言った。
「そんな……」
「紀子の気持ちも考えてあげなよ」
紀子は明らかに落ち込んでいる様子だった。さっきの野崎さんの話を気にしているのだろう。
「今井さんも和泉のこと好きなのかなあ……」
紀子がつぶやいた。里恵に視線を向けると、彼女はヤスリで爪を研いでいた。
「分かったよ、里恵のこと連れてくるから」
「ちょ、待てよスマイリー!」
明は里恵に近付くと「来て」と言って腕を引っ張った。
「何だよ」
「いいから」
そしてナツキたちのところに連れてきた。ナツキと紀子はうつむいて里恵から視線を逸らす。
「何なんだよ」
「本当に、和泉は里恵のことは好きじゃないの?」
明が訊くと、里恵は眉をひそめながら言った。
「当たり前だろ」
「でも、小学生の頃……」
紀子が言った。
「小さい頃の話じゃんかよ。言っただろ? 今、直史に好きな人はいない」
「今井さんは?」
「え?」
「今井さんは、和泉のこと好きなんじゃないの?」
紀子は顔を上げてまっすぐ里恵を見つめていた。
「……アタシには他に好きな人がいるよ」
「誰?」
それは明も知りたかった。もしかして、杉沢か? しかし杉沢は不良だ。里恵が好きになるタイプではないような気がする。
「そんなの、言えるわけねえだろ」
そう言って里恵は自分の席に戻ろうとした。
「待って、里恵!」
里恵が振り向く。
「里恵もうちらのグループに入らない……?」
「スマイリー!」
里恵は鼻で笑って、
「そんなこと、出来るわけないって明も分かっているだろ」
里恵が明の手をすり抜けていった。手に入らない、存在。掴んでも泡のように消えてしまう。私はどうしたらいいの? ナツキと紀子ちゃんから離れることしか、里恵と一緒にいる道はないの? 明は迷っていた。
そうだ、斐羅に相談してみよう。明はそう思いついたのだった。