第43章 止めろよ。
休み時間になると明は里恵に話しかけた。
「里恵」
「……明」
里恵は明と目を合わせようとしなかった。
「いいんだぜ、無理して話しかけなくて。ナツキたちのところに戻れよ」
「もう遅いよ」
それは諦めに似た言葉だった。由紀たちがこっちを見て何やら話している。
「今日、屋上で待ってるから」
「え?」
「和泉に訊いたの。自作自演ってどういうこと? って。屋上で説明してくれるって言ってた。でも、私は、やっぱり里恵の口から真実を聞きたい」
「アタシの口から……」
「分かってる。そんなの、過去のことなんだって。でも私にとってはショックだった」
「……ごめんな」
里恵が目を伏せた。やっぱり、こんなの里恵らしくない。
「今井里恵!」
教室にいるみんなに聞こえるくらいの声で言った。何事かとクラスメイトがこちらを見つめている。里恵は身体をびくっとさせた。明は里恵の頬を両手で包むと、
「元気出して行こ!」
と明るく言った。
「明……」
「そんな暗い顔してないで! 私、何があっても里恵の側にいるから」
「……も?」
「え?」
声が小さくて聞き取れなかった。
「……アタシがどんな人間でも?」
里恵がまっすぐ明を見つめた。
「……里恵、何か隠してる?」
まだまだ、明は里恵のことを知らない。援助交際疑惑だって、杉沢との関係だって、真実は知らない。里恵がどんな子供だったかも、もちろん知らない。
「明は?」
「え?」
「明は、何か隠してることないのか?」
「……ないと思うけど」
「アタシ、知ってるから」
「何を?」
「明がアタシの噂を気にしてること、知ってるから」
ドキン、と心臓が脈打った。何で知っているのだろう。
「興味本位でアタシと一緒にいるんじゃないか?」
「そんなわけないじゃん!」
思わず声を荒げた。
「私は、里恵のことが好きだから一緒にいるんだよ」
「スマイリー」
突然、ナツキが明のことを呼んだ。紀子が手招きしている。行ってきな、という風に里恵が目で合図した。明は少し迷ったが、ナツキたちの元へ行く。
「スマイリー、何してんのさ」
ナツキは小声で言った。
「今井さんと話したらまずいっしょ。今度はスマイリーが由紀たちにいじめられるよ?」
「でも私、里恵の友達だから」
「あんなのと付き合っちゃ駄目だよ、スマイリー」
紀子が眉をひそめる。
「援助交際だよ? カツアゲもしてるって噂だし。不良なんだよ、今井さんは」
「里恵は不良なんかじゃない」
きっぱりと明が言った。
「ナツキと紀子ちゃんは、里恵のこと何も知らないじゃん。全部ただの噂じゃない」
「火のないところに煙は立たぬ、って言うでしょ?」
言い返す言葉が見つからなくてもどかしい。本当は、自分だって里恵の知らないところが沢山ある。捲り上げたジャージの裾から伸びた紀子の太い腕が、明の頭を優しく撫でた。
「スマイリー。私たち、スマイリーのこと心配しているんだよ? 友達でしょ、私たち?」
まさかこんな言葉をかけられるとは思っていなかった。明の心が揺れる。
「……ねえ、里恵もグループに入れるっていうことは出来ないの?」
上目遣いでナツキたちを見た。無理なのは分かっている。でも、訊かずにはいられなかった。
「そんなに今井さんが好きなわけ?」
ナツキは呆れているようだった。
「……うん」
里恵の方に目をやると、彼女はゴミ箱にゴミを捨てにいくところだった。由紀たちの隣を通る。と、由紀が里恵の足元に足を出した。里恵は転倒する。
「ごめーん、今井さん」
由紀たちがギャハハと笑う。里恵は上半身を起こすと、由紀たちを憎悪のこもった瞳で見つめた。
「止めろよ」
そう言ったのは、近くの席に座る直史だった。
「いじめなんて小学生のやることだろ。格好悪」
由紀は目を大きくさせた後、ふっと笑った。
「和泉、こんなのがタイプなわけ?」
「えー、ショックー。和泉、人気がた落ちなんですけど」
「俺はお前らみたいのにモテても嬉しくない」
と、直史。
「そうだよなー。一ノ瀬たちに人気があっても、な?」
そう言ったのは直史の友達だ。
「やってることが幼稚すぎるだろ」
「今井をいじめるなんて、よっぽどストレス溜まってんだな」
口々に直史の友達が言った。気が付くと里恵と由紀たちに教室にいるみんなの視線が向けられている。すると由紀は顔を赤くさせ、仲間に「ちょっと、教室出よ」と言ってその場から去っていった。
「直史……」
里恵は直史を見つめていた。
「俺は今井の味方だから」
と、直史。
「今井さん、またいじめられたら俺らが助けてやるよ」
直史の友達もそう言った。
「……ありがとう」
そう言った里恵の頬は、心なしか赤らんでいた。