第42章 自作自演。
「同じようなこと、って?」
町田先生が訊いた。
「小学生の頃、自分のノートに『死ね』って書いたんですよ。それだけじゃない。自分の体育着をハサミで切ったり、上履きの中に画鋲を入れたり……」
「自作自演、っていうことですか」
町田先生は驚いた様子だった。彼女だけじゃない。明もびっくりしていた。里恵が、そんなことをするなんて……。すがるような目で里恵を見るが、里恵はうつむいたままだった。明は里恵の肩を掴み、身体を揺らした。
「ねえ、里恵嘘でしょ? 嘘だって言ってよ!」
他の教師たちの視線が痛い。里恵がゆっくりと顔を上げる。人形のように無表情だった。そして、
「……本当だよ」
低い声でそう答えた。
「今井、どうしてそんなことを……」
「さあ、自分に注目してほしかったんじゃないですか?」
「そうなの、里恵?」
扇風機の風が里恵の髪を揺らした。今も里恵の目の下には青いクマが出来ている。
「そうでもしなきゃ、グループにいられなかったんだ」
里恵のものとは思えないような、か細い声だった。明はショックを受けた。里恵のこんな姿、見たくなかった。里恵にはいつでも自信満々でいてほしかった。それが、自分の尊敬する今井里恵なのだから。
「そんなの、里恵らしくないよ。一人でも堂々としているのが里恵でしょ? グループとか、里恵の口から聞きたくなかった。自作自演だなんて、そんなの信じたくない……」
知らないうちに涙が零れた。明は里恵に背を向けて職員室を飛び出した。里恵は追おうとはしなかった。足が鉛のように重くて、明の背中を見つめることしか出来なかった。
「和泉!」
「何だよ、江川」
「ちょっと来て」
明は登校してきたばかりの直史をつかまえて廊下まで引っ張っていった。
「離せよ、Yシャツ伸びるだろ」
「ねえ、どういうこと? 里恵が小学生のときにいじめを自作自演したって!」
明はYシャツから手を離し、握りこぶしを作りながら尋ねた。
「ああ、そのことか」
直史が顎を掻く。何もかも知っているような表情だ。明は問いただした。
「何でそんなことしたの? 里恵は、そうでもしなきゃグループにいられなかった、って言ってた。それ、どういう意味? 和泉、知ってるんでしょ? 里恵にはどんな過去があるの?」
「江川、落ち着けよ」
直史は明をなだめるかのように手のひらを前に出した。
「話すと長くなるんだよな。そうだ、放課後マンションの屋上に来いよ。そこで話すから。いいだろ?」
「いいけど……」
「一つだけ言っておくが、それはもう過去の話だ。今の今井じゃない。安藤が万引きしていたのだって、過去の話なんだ。未だに親に犯罪者って言われてるみたいだけど」
「前に和泉が言ってた、親は子供が昔した悪いことを蒸し返したりする、って斐羅ちゃんのことだったの?」
「そうとも言えるかな」
その時予鈴が鳴った。直史は、じゃあまた、と言って教室に戻っていった。明も教室に入って自分の席に着く。前の席に座る里恵の後ろ姿を、じっと見つめていた。里恵は、どんな子供だったのだろう。いじめはいつまで続くのだろう。もう終わりにしてほしい。明は膝の上でこぶしを握った。