第41章 いじめられてんだよ。
「安藤さんちもこっちなんだ」
「うん。次の信号を右に曲がってすぐ」
二人は歩道を歩いていた。
「安藤さんは、どうやって……万引き、止めたの?」
「里恵となおくんが、止めなかったら友達止めるって言ったから」
「そうなんだ」
「私には二人しか友達いなかったから、止めることが出来たの」
「じゃあ今ストレスはどうやって発散してるの?」
すると斐羅はふっと口元をほころばせた。
「江川さんは鋭いところをつくね。さすが、里恵に惚れられただけある」
「違うよ、惚れたのは私の方だよ」
「ううん。里恵、進級してすぐの頃言ってたよ。気になる女の子がいる、って」
「それが私……?」
「そう」
そういえば以前、『こんなくずだらけの空間を高校に行ってまた過ごすなんて、よほどのくずか低脳だ』と里恵が言った事件で、どうしてアタシに構うんだよと言われて答えられなかったとき、「江川さんなら、と思ったのにな」と言っていたじゃないか。あの言葉は、そういう意味だったのか。
「でも私のどこが良かったんだろう。誰にでも意見を合わせる『スマイリー』だったのに」
「里恵には分かったんだよ。江川さんなら変わることが出来る、って」
「変えてくれたのはまぎれもない里恵だけどね」
「江川さんが来なかったとき、里恵、元気なさそうだった。やっぱり里恵には江川さんが必要なんだよ」
「安藤さんもすごく必要だと思うよ」
斐羅は笑って、ありがとう、と言った。そろそろ別れ道の信号が近付いてきた。
「ねえ、私、もっと安藤さんと仲良くなりたい」
信号のところで明は足を止めた。既に青になっているため、明たちの横を車が排気ガスを吐き出して走っている。
「仲良くなって、色々なことお話ししたい」
「……私もだよ、江川さん」
「そしたら私、安藤さんに訊きたいことがあるの」
それは言うまでもない、里恵の援助交際のことだった。
「……いいよ。私も、江川さんに話したいこと、ある」
「仲良くなってくれる?」
「もちろん」
「ありがとう! じゃあまたね、安藤さん、……ううん、斐羅ちゃん」
そう言って明は点滅し始めていた信号のある横断歩道を走って渡った。斐羅はほんのりと頬を赤く染めて、
「ばいばい、……明ちゃん」
明には聞こえない声で呟いた。
翌日、里恵は登校してきた。席に着いていた明は勇気を振り絞って、
「おはよ、里恵」
と声をかける。
「おはよ」
里恵は笑ってくれた。由紀たちの視線を感じつつも、明は言った。
「じゃあ、職員室行こうか」
明たちは職員室に辿り着くと、担任をつかまえてこう切り出した。
「先生。実は、大事なお話があるんです」
「どうした、江川」
明は担任をじっと見つめる。
「実は……今井さんが、いじめを受けているんです」
担任は驚いた表情になった。里恵の方を見て、
「お前が、いじめに……?」
「情けないけどね。アタシ、由紀たちにいじめられてんだよ」
里恵が答える。
「ただの思い込みじゃないのか」
担任の言葉は、明たちを落胆させるものだった。里恵がため息をつく。
「先生、いじめを放っておく気ですか」
明が担任に詰め寄る。
「いや、そうじゃなくて本人たちともう一度よく話し合ってだな……」
「あんた、それでも教師かよ!」
里恵が担任の机をバンと叩いた。他の教師たちが何事かといった様子で里恵の方を一斉に向く。
「今井、それが先生に対する態度か」
「話を逸らすんじゃねえよ」
「どうした、今井」
「町田先生」
明の気に入っている体育教師が声をかけてきた。もしかしたら、この人なら。
「里恵が、いじめに遭っているんです」
「本当か……?」
「本当だよ」
「ただのいざこざでしょう。だから心配しないで下さい、町田先生」
担任が手で顔をあおぎながら言った。里恵の目つきが鋭くなる。
「お前、それでも教師かよ」
「一ノ瀬たちにいじめられているという証拠はあるのか?」
「あるよ」
里恵は手に持っていた教科書を広げてみせた。『死ね! 淫乱女』と書いてある。
「……」
これには担任も言葉を失った。
「先生、これはいじめに間違いないんじゃないですか」
町田先生が担任に言った。
「……自分で書いたんじゃないという証拠はあるのか」
「そこまで疑うのかよ……」
里恵は呆れた様子だった。教科書をパタンと閉め、踵を返す。
「里恵」
「明、行こう。これ以上話しても時間の無駄だ。何を言っても担任は分かってくれねえよ」
「待ちなさい、今井」
そう言ったのは町田先生だった。
「私は今井を信じる」
「町田先生!」
担任が声を上げた。
「今井は過去にも自分で同じようなことをしているんですよ」
え……?
どういう意味だろう。里恵はうつむき、表情は髪に隠れて分からなくなった。