第40章 万引き。
「犯罪者、って……?」
明は尋ねた。
「最低な子供だった、って前に言ったでしょ?」
「うん……」
斐羅は赤く染まった空を見上げて言った。
「……私ね、小学生の頃万引きの常習犯だったの」
一瞬、時間が止まったような気がした。
「嘘……」
「本当。何回も捕まったことあるの」
「だって安藤さん、真面目じゃない」
「昔は酷かった」
そして斐羅は話し始めた。小学生の頃の自分のお話を――。
* * *
「斐羅ちゃん、また、するの……?」
「大丈夫。今日は一品だけにするから」
「斐羅ちゃん、止めようよ。やっぱり駄目だよ、そんなことしちゃ」
「しょうがないじゃない。それが私のストレス発散法なんだから」
「斐羅ちゃん……」
「今朝もお父さんに殴られた。私なんか生まれてこなければ良かったのに、って」
「酷い……」
「私には何にもないから。才能もとりえも、何にもない。だから、お父さんが私を嫌うのは当たり前のことなんだよ」
「当たり前なんかじゃないよ! 親はいつだって子供を守ってくれる存在のはずでしょ? 殴られるのが普通だなんて、そんなこと、あるわけないよ!」
「里恵ちゃんの両親は優しいもんね。愛されるのが当たり前って思ってるでしょう? でもそれって、当たり前に見えてすごく恵まれていることなんだよ」
「斐羅ちゃん……」
「このキーホルダーでいっか。誰も見てないよね? じゃあ、店出るよ」
「……」
* * *
「里恵には何度も迷惑かけたよね。そんな私の側にいてくれたのは、里恵となおくんだけだった」
「アタシは迷惑なんて思ってないよ……」
「お父さんに、虐待、されてたの?」
「虐待じゃない。お父さんが私のことを嫌っている、ただそれだけのこと」
「でも手を上げるなんて酷い……」
「お父さんはお母さんに対してもそうだから。何でこんな子供を産んだんだ、って」
「辛い?」
「もう慣れた」
「今も安藤に暴力を振るったり、酷いことを言ったりするのかよ」
直史が眉間に皺を寄せながら訊いた。
「うん」
「お母さんはそんな奴と何で離婚しないんだよ。斐羅、可哀想だよ」
里恵はしゃがむと斐羅の目をまっすぐ見つめた。
「金銭的に二人じゃ生活出来ないから。私さえ、私さえいなかったらお母さんが殴られることもないのにね」
「何言ってんだよ、斐羅」
里恵が斐羅の肩に手を置く。
「斐羅がいなかったら哀しすぎるよ……」
「ありがとう、里恵」
斐羅はそう言って微笑んだ。
「でも、私はいらない子なんだよ」
「斐羅……、そんなこと言うんじゃねえよっ」
里恵は斐羅を抱きしめた。一羽の烏が鳴きながら明たちの頭上を通過していった。辺りは暗くなり始めている。明はそろそろ家に帰らなければと思った。でも、こんなムードのときに言い出せない。
「大丈夫だよ、里恵。私はいなくならないから」
斐羅が言った。
「アタシと、ずっと友達だよな?」
「もちろん。……ねえ、なおくんも、江川さんも、私とずっと友達でいてくれる?」
「当たり前だろ」「うん、当たり前」
直史と明が答える。
「ありがとう」
そう言って斐羅は里恵から身体を離すと、立ち上がって、
「私、そろそろ帰らなきゃ。江川さん、来てくれてありがとね。また会おうね」
「うん。私も帰る! 安藤さん、一緒に帰ろ?」
「いいよ」
「二人とも、気を付けろよ」
里恵は腰を上げて手をひらひらと振った。
「あ、じゃあ俺も帰るわ」
直史も立ち上がる。
「またね、里恵」
「おう。明日は学校行くから」
「待ってる」
そして明は屋上のドアを閉めた。