第37章 いじめ。
修学旅行が終わって四日後、里恵は学校に登校してきた。明は逃げるように席を立ってナツキたちのところへ行った。
「あれっ……」
里恵が机の中を何やらごそごそ探しながら呟いた。そして、大きなため息を一つ。ちらりと由紀たちの方を見る。由紀たちは里恵の視線に気付いているのかいないのか、大声で笑っていた。
続いて、明たちの方にも視線を向けた。
「やだー、今井さんこっち見てるよ」
紀子が言った。里恵がこちらに向かって歩いてくる。明は身体を強ばらせた。
「やったのはあんたたち? それとも由紀たち?」
「ねえねえ、知ってる? 今度この街で一青窈がライブするんだってさ!」
「マジ? あー、でも私ファンじゃないからなあ」
里恵の問いを無視してナツキと紀子は話す。
「スマイリーは好きだったよね? 一青窈」
「え、あ、うん……」
急に話を振られて戸惑う。
「やったのかやってないのかくらい答えろよ!」
里恵が苛ついた態度をあらわにした。
「何の話?」
ナツキがめんどくさそうに訊く。
「教科書。隠したの、お前ら?」
「そんなことしてないよ。ねえ?」
紀子がうなずく。すると里恵はふっと笑った。
「だよな。あんたたちは所詮他人に流されて生きているんだもんな」
流されて生きている。それは昔の自分。みんなと一緒に行動して、みんなと一緒に悪口を言って。そんなのが嫌で、だから、一人でいる里恵を尊敬して、友達になって。なのに、自分は里恵を裏切った。また、昔のスマイリーと同じ。人の顔色をうかがってしか行動出来ないんだ。里恵の言葉が明の胸にちくりと刺さった。
ナツキは何か言いたげだったが、結局何も言わず、里恵を無視してお喋りを再開した。
「ねー。何かゴミ箱臭いんだけど」
由紀が教室のみんなに聞こえるような声で言った。
「何か臭いものでも捨ててあるんじゃない? 教科書とか」
と由紀の友達。里恵はゴミ箱の中を見た。すると、そこには教科書が捨てられていた。里恵はそれを拾い出すと、由紀たちの方を睨んだ。
「お前ら、随分姑息な手使うじゃん」
「ねえ、何か聞こえた?」
「なーんにも」
「そうだよねー」
由紀たちがぎゃははと笑う。
「絶対……許さないから」
里恵は怒りの目でそう言うと教科書を持って席に戻った。予鈴が鳴り、明も席に着く。すると、前の席に座る里恵の広げた教科書が目に入った。そのページには、
『死ね! 淫乱女』
と赤いマジックで書いてあった。これはシカトなんかじゃない。
いじめだ。
でも、今里恵をかばったら自分がいじめられる。それが怖かった。なら、どうしたらいい? この学校で里恵のことを相談出来る人といったら、あの人しかいなかった。
「え、今井が?」
いじめのことを告げると直史は驚いた顔をした。
「そう。でも、私には止められないし……」
「女同士で起きていることなんだから俺にも止められねえよ」
「そこをどうにかしてよ」
「無理だよ」
「そんなー……」
明は落胆した。
「先生にチクるっていうのは?」
「そんなんでいじめが収まるとは思えないよ。それに、もし私がチクったってバレたら……」
そうやって直史と明が廊下で話しているときだった。
「あ」
先に声を出したのは里恵だった。
「お前ら……」
「今井……」
明は罪悪感から目を逸らす。
「二人きりで、何のお話?」
「お前のことだよ」
「アタシの?」
「いじめに遭ってるんだって?」
言わないでよ、と明は直史に目で訴えたが、通じなかった。
「あー。クラスの女子ね。で、それがどうしたって? かばってくれでもするの?」
「……」
明は返事が出来なかった。
「お前なら、どうにか打開出来るだろ? 負けんなよ」
「当たり前。アタシは別に人の助けなんていらない」
それは、強がりなのか、本当なのか。
いじめはその後も執拗に続いていた。無視、物隠し、悪口……。
明は一回も口をきいていなかったし、里恵のマンションの屋上にも行っていなかった。斐羅だって待っているというのに。里恵と言葉を交わすのを避けていた。怖かった。里恵には嫌われているに違いない。そんなの分かっている。だけど、それを直接言われるのが怖かった。そんなとき、里恵が自分から話しかけてきたのだった。
「今日の放課後、屋上に来いよ」
と。