第36章 ヤリマン。
別の寺では由紀たちのグループと会った。
「おっ、ナツキに紀子にスマイリーじゃーん」
「お茶飲んできた?」
ナツキが訊いた。
「うん。うまかったー」
「かなり濃いよね」
紀子が言う。そしてナツキと紀子は楽しそうに会話を続けた。
「アタシ、由紀たち苦手」
里恵がぼそっと言う。
「え、どうして?」
「団体行動命! ってところが」
「スマイリー、由紀たちと一緒に写真撮ろう」
とナツキが話しかけてきた。
「……私?」
「そうだよ。ほら、おいでおいで」
「でも……」
里恵の方を見た。
「あのさ、今井さん。これ以上スマイリーにまとわりつくの、止めてくれない?」
由紀は里恵の目の前まで近付くとそう言った。すると、里恵は声を出して笑った。
「何だ、はっきり言えるんじゃん。陰口しか叩けないのかと思ったよ」
「なっ……」
由紀は怒りの表情を見せた。
「お前、馬鹿にしてんの? 前から気にくわなかったんだよ」
「アタシもあんたのことは気にくわなかったよ」
「ふざけんなよ!」
由紀が今にも里恵につかみかかりそうな雰囲気だったので、明が中に入った。
「由紀、落ち着いて」
「スマイリーは今井さんの肩持つのかよ?」
「そ、そういうわけじゃないけど……」
「もういいじゃん由紀。今井のことはシカトしようぜ」
由紀の友達が呆れたように言った。
「そうだな。スマイリーも、分かっているよね?」
どういう意味かは明にも分かっている。自分もシカトをしろ、というわけだ。もし、シカトをしなかったら――。
「スマイリー、うちら友達だよね? 裏切らない、よね?」
追いうちをかけるようなナツキの言葉。
「う、ん……」
明は里恵の方を見ないように下を向いて、うなずいた。後ろめたさが明の心を締め付けた。
「スマイリー、一緒にお風呂入ろー」
「うん」
ナツキの声にうなずく。お寺巡りから帰ってきとから、明は一度も里恵と口をきいていなかった。しかし、
「なあ、明」
風呂に行こうとする明の腕を里恵がとった。
「もうスマイリーは止めるんじゃなかったのかよ」
明はうつむいたまま、
「ごめん。私はスマイリー、やっぱり止められない」
と言って背を向けた。
「明……」
里恵は唇を噛み締めた。
「今井里恵の新たな新情報! 聞きたくない?」
ナツキがにやりと笑った。
「何、それ」
明は出来ることなら聞きたくなかったが、僅かに好奇心の方が勝ってしまった。
「杉沢と一緒に歩いているのを由紀が見たことあるらしいよ!」
「杉沢と……?」
「そう。二人で仲良く歩いてたよ? あいつって和泉ともできてんだろ? ヤリマンじゃん」
一緒にいた由紀が言った。
「和泉とはできてないみたいだけど……」
紀子が遠慮がちに口を挟む。
「そうだよ。和泉みたいな優等生が今井さんのこと相手にするわけないじゃん」
ナツキが笑った。
「まあ、そうかもね。でも杉沢と付き合いながらエンコーしてるなんて、淫乱だな」
里恵はそんな人じゃない、と言えたらどんなに楽だろう。しかし、明は里恵の何を知っている? 何も知らないじゃないか。杉沢が落ちたときに現場にいた里恵。もしかしたら、別れ話のもつれとか……? 明は考えていた。
「あ、今井だ」
里恵が裸で風呂場に入ってきた。
「あの身体で何人もの男と寝てんだぜ」
「あそこ濡れ濡れ?」
下品に由紀とナツキが笑う。明は気持ちが悪くなった。早くここから出たい。何で自分はこんな人たちと仲良くしているんだろう。
そう思いながらも、結局、明は修学旅行が終わるまで里恵と一言も話さなかった。