第35章 隠し事。
「つまんねー。寺見て何が楽しいんだよ」
「でも、金閣寺綺麗だったじゃん」
タクシーの隣に座る里恵に言った。一緒に乗っているナツキと紀子は無言だった。この日、明たちは専属のタクシーでお寺巡りをしていた。
「次行くところには恋の神様がいるんだって」
「寺なのに?」
「うん。里恵は……付き合っている人とかいるの?」
「ここで発表するの?」
里恵はナツキと紀子の方を見た。二人は下を向く。明が、
「あー……」
と声を漏らした。気まずい沈黙が流れる。
「ねえ、スマイリーは? 好きな人いるの?」
紀子が場に合わない明るい声を出した。
「えー、私ぃ? いないよー。紀子ちゃんは?」
「私は……」
ちらっと紀子が里恵の方を見た。そして言った。
「……今井さん、和泉って彼女いるの」
「えっ!」
明は背もたれに寄りかかるのを止めて声を出した。里恵は一瞬目を大きくして、
「……へえ、直史ってモテるじゃん」
と言った。
「でも何でアタシに訊くの?」
「和泉と仲いいみたいだから……」
「いたらどうすんの? 諦めるの?」
「分かんないけど……」
里恵がふっと笑った。
「安心しな。あいつに彼女はいないよ」
「本当?」
「ああ」
「好きな人も?」
「それは知らねえな。本人に訊けば?」
「そんなこと出来ないよう……」
「それにしても恋ってすげえな。嫌いな人にまで訊けるパワーを持っているんだもんな」
それは嫌味にしか聞こえなかった。嫌いじゃないよ、という紀子の小さな声を里恵は聞こえないかのように無視した。
恋の神様がいるという寺に着くと、明はその周りを三回回ると恋が実るという石の周りを回った。
「私、本当は好きな人いるんだ。ナツキたちには内緒ね?」
「誰だよ」
「山本くんっ」
同じクラスの男子だ。
「里恵は石の周り回らないの?」
「アタシはいいよ」
「やっぱり付き合ってる人いるの? ナツキたちあっちにいるから聞こえないよ」
「……言いたくない……」
そう言った里恵の顔は、今までに見たことのない暗いものだった。明は驚いた。
「里恵、どうしたの?」
「いや」
これ以上話したくない様子なので、明もそれ以上は訊かなかった。
「あ、和泉じゃん」
他の寺を回っていると、直史のグループと会った。グループの男子と仲良さそうに話している。ただし、クボタを除いて。クボタはパンフレットをじっと見つめていた。と、彼が転んだ。しかしグループの男子は誰も声をかけようとはしない。直史がちらりとクボタを見たが、すぐに視線を逸らした。
「クボタって本当ドジだよねー」
ナツキが紀子に話しかけた。
「ドジっ娘って奴?」
「全然萌えねー」
二人は笑った。今までの明だったら一緒に悪口を言っていたことだろう。
「クボタ、ヤバいぞ」
里恵がナツキたちに聞こえないよう小声で言った。
「ヤバいって?」
「あいつ、いつかいじめられるぞ」
「……かもね。杉沢が退院したら危ないかも」
校舎から転落した杉沢。あの事故に、本当に里恵は関わっていないのか、未だに分からなかった。杉沢、という言葉に里恵の肩がびくりと動いた。
「里恵?」
「……何でもねえよ」
またもや何も話したくない様子でそっぽを向いた。里恵は何か隠し事をしているのではないか? 明の頭に疑問が浮かんだ。援助交際だって、もしかして本当は隠れて――。考えたくないのに考えてしまう。
「いじめないよな?」
「え?」
「明はいじめないよな?」
「あ、当たり前じゃん」
「いじめなきゃ他の奴らにいじめられることになっても、いじめないよな?」
「……うん」
本当は自信がなかった。