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15歳。  作者: 月森優月
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第3章 くずだらけの空間。



「クボタには本当笑わされたねー」

「あんなダイナミックな転び方、紀子でも真似できないよね」

「ちょ、それどういう意味ー?」


 紀子はわざとらしく頬を膨らませた。それを見てナツキが笑う姿に明は寒気を覚えた。そんな風に演じ合って、馬鹿みたいだ。だけど自分だって人当たりの良い明るい女の子を演じている、他人からどう見られているのかと考え出すと怖くなった。でも明は言う。


「クボタって目が細いから、視野が狭くて見えなかったんじゃない?」

「あ、そっか! スマイリー頭良いじゃん」


 あはは、とナツキと紀子は笑った。結局明は、笑いをとるために彼を使っている。こんな自分が一番嫌なのに、どうしてもやめることができない。窓際にある紀子の机に手をつくと、窓から溢れる春の陽光で温もりを帯びていた。窓辺に立つナツキと紀子の髪の毛はいつもより茶色く見える。この儚げな感じが明の心に深く食い込んだ。この光景を大事にしよう、そう自分に言い聞かせた。


「今更だけど、今井さん、今日学校に来たね」


 ナツキが里恵の空いた席を見つめて言った。


「来なくていいのに」


 紀子が低い声でつぶやく。彼女はナツキと目を合わせ、くすっと笑った。悪寒のようなものが背中に走る。明は何も言わずに窓をにらんで爪を噛む。初めて、本当の『悪意』が里恵に向けられた瞬間だった。

 自分はまた今井さんの悪口を言ったり聞いたりしなければならないんだ、そう思うとどうしようもない無力感に襲われた。




 

 絵の具のにおいが鼻をつく。美術室、ここが明の班に割り当てられた掃除場所だ。同じ班の里恵は気だるげにごみを掃く。明の持ったちりとりにごみが入れられてゆく。まだほこりがちりとりに沿って線のように残っていたが、里恵は何気無い素振りでほこりを上履きでこすった。


「あとは男子が雑巾かけるんだよ」


 里恵はぶっきらぼうな口調で言った。男子達は少し不満気な顔をしながらも、無言で床を拭き始める。


 教室に戻ろうとして背中を向けた里恵を明は呼び止めた。


「何?」


 不機嫌そうに振り向く。そんなきつい目つきを向けられるとたじろいでしまう。


「うーんと」


 話題くらい考えとけよ! と明は自分を叱った。視線を宙に漂わせていると、ふと思いついた。

「今井さん、高校どこ行くの?」


 明はにこにこして尋ねた。男子達のぞうきんをかける手が止まっていることからして、聞き耳をたてているのだろうと思った。里恵は明に身体を向け、目を見据えて言い放った。




「こんなくずだらけの空間をまた三年間過ごすなんて、ただの時間の無駄だ。それでも行こうとする奴は、よほどのくずか低能だね」




 明は思わず息をのんだ。男子達も驚いて里恵を見つめている。


「ちょっと、廊下に出て話そう」


 里恵は言い捨てると、乱暴に戸を開けた。慌てて明もついてゆく。


「何か言いたいことある?」


 里恵は壁にもたれ髪の毛先をいじりながら尋ねた。


「ある」

「何?」

「人を馬鹿にして、そんなに楽しいの?」


 明は里恵をにらんだ。高校に進学しようとするもの全員を、里恵はののしったのだから明は怒りを覚えていた。そしてののしられたことよりも、里恵には他人の悪口などを言わない、そんな人でいてほしかった。明は何だか裏切られた気持ちでいっぱいだった。


「馬鹿になんてしてないよ。真実を言っただけさ」

「今井さんみたいな人には、友達と学校を過ごすことの楽しさとかが分からないだけじゃないの」

「アタシみたいな人って?」


 里恵は明をまっすぐ見つめた。ナツキから聞いた援助交際疑惑が頭をよぎる。しかし口に出すことはせず、負けじと見つめ返す。


「だいたい、江川さんは楽しいの?」


 里恵が質問してきた。うっすらと笑みを浮かべている。何だか馬鹿にされているようだと思った。


「楽しいよ」


 でも、正直疲れる。という言葉は飲み込んだ。ここで肯定したら負けだ。



「じゃあ何でアタシに構うんだよ」


 明は答えられなかった。密かに尊敬していたということを口に出したら、彼女の思考を肯定することになる。

「江川さんなら、と思ったのにな」


 里恵はそう言い残し、くるりと背中を向けてその場を立ち去った。もう、明には引き留める気力も残っていなかった。 


「惨敗、お疲れ様」


 後ろからいきなり声をかけられた。ゆっくりと振り向くと、そこにいたのは、同じ班の和泉直史(いずみなおふみ)だった。背が異常に高く、目もとても大きいから明はよく覚えていた。


「……見てたの?」

「いや、聞いてた。つーか、聞こえた」


 直史のさわやかな笑顔が恨めしい。すると直史は真剣な顔になり、言った。


「あいつ、本当は良い奴なんだぜ」


 一瞬、周りの音が全てなくなったような気がした。

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