第28章 悪かったよ。
里恵は髪を一つに束ねていた。髪を縛りなさいと教師に注意をされても決して束ねなかったのに。髪型以外はいつも通りの彼女だった。
ナツキと紀子に視線を向けると、二人も自分と同じように目をぎょろぎょろと動かしていた。誰か喋ってくれというかのように。
「ふーん、皆シカトするんだ?」
里恵が言った。何か言わなければと思ったが、頭が真っ白になって言葉が出てこない。里恵が怖く感じた。
「ううん! じゃあ皆そろったから行こうか?」
場に合わない明るい声を出すナツキ。彼女のおかげで明は救われた気持ちになった。そうだね、と明と紀子はうなずく。
「じゃあ先生に言ってくるね」
そう言うとナツキは走っていった。また沈黙が訪れる。
「……」
明は何も言えなかった。紀子がいるのに話せる訳がない。口には出さなくても、今井さんと仲良くしてはいけない、という決まりが存在しているかのような状況で話しかける勇気は明にはなかった。
「江川さん」
名前を呼ばれてびくっとした。まさか、里恵の方から話しかけてくるとは想わなかった。
「……何?」
「この前は悪かったよ」
「え……」
まさか、里恵の方から謝ってくるなんて。どんな風の吹き回しだろう。
「この前って?」
紀子が口にした。まさか彼女は明と里恵が時々会っていたなんて思いもしないだろう。
「何でもないよ。ちょっと話しただけ」
明は早口でそう言って笑顔を浮かべた。
「そうやってスマイリーの仮面を被るわけ、か」
里恵が低い声でぼそっと言った。そうだ私は仮面をかぶっている。明は自分の心を見透かされたような気持ちになった。
しかしこの仮面は絶対に剥がせない。
「先生に報告してきたよ。じゃあ、電車乗ろっか」
ナツキが戻ってきた。明はまた救われた気持ちになった。
電車の中では里恵と一言も話そうとはしなかった。ナツキや紀子とお喋りをする明。里恵は窓の外を無表情で眺めていた。明はまだ里恵に謝っていない。けれど人前では絶対に謝れない。明は謝るタイミングを探していた。
「トイレ」
東京駅に着くと里恵が口にした。
「あっ、私も」
明も急いで里恵の後を追う。もちろん、ナツキたちには里恵の後を追っていると気付かれないように。
「皆の前ではシカトするんだね、アタシのこと」
里恵はトイレに入るなりそう言った。
「……ごめん」
明は目を伏せる。里恵は苛ついた様子で腕組みをしながら言った。
「それで、言いたいことは?」
「その、どうして今井さんが謝るのかなって」
「あんた、ばっかじゃないの?」
「そんな……」
今井さんに言われたくない、というのは言わないでおく。
「あの時は言い過ぎた。だから謝ったんだよ。それよりも、江川さんに力を貸してほしいんだ」
「私の力……?」
「斐羅が、あれからうちにも屋上にも来てないんだ」
何年も投稿していなくて本当にごめんなさい。体調不良により小説を書ける状況ではありませんでした。これからまたしばらくの間お付き合い頂ければと思います。