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15歳。  作者: 月森優月
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第26章 責任。

 もしも紀子の推理通り猫に引っかかれたわけではないのなら、何故嘘をついたのかということだ。隠したい理由なのだろうか? そういうことを考えると、直史の笑顔も仮面を被っているだけのように見えてくる。


「……ま、どうでもいいや」


 直史の怪我を負った理由なんて、明はあまり興味がなかった。


「えー、気になんないの? スマイリー訊いてきてみてよ」

「ヤだよー。何で私が訊きにいかなきゃならないの」

「だって結構仲良さそうじゃん。たまに二人きりで喋ってるしさあ」


 耳にへばり付くような声にはっとして直史から紀子に視線を移した。明の視線に気付いたのか、


「そんなんじゃないそんなんじゃない。面白いなあって思っただけ」

「面白いって何だよー」

「そういえば、和泉って小学生の時は結構モテてたんだよねえ」

「えっ」


 それは初耳だ。紀子はぷっくりとした頬にえくぼを浮かばせている。


「私、和泉と同じ小学校だったんだよね。友達も言ってた、和泉のことが好きだって」


 明はもう一度直史を見た。机から教科書を出す彼の後ろ姿は、隣の今井さんの机に腰掛けている他の男子よりも頭一つ分高く、きっとこのクラスで誰よりも目立つ。人は目立つ者に惹かれる本能がある。だから今のこの瞬間、直史に想いを馳せる人がいてもおかしくはなかった。




 *  *  *




 明から訊かなくても、直史は自分からカミングアウトした。


「この怪我、本当は猫に引っかかれたわけじゃないんだよな」


 掃除が終わり教室に戻ろうとした時に呼び止められ、美術室の前の廊下に二人きり。直史と初めて喋ったのもこの場所だったなあなんてふと思った。ロマンチックのかけらもないというのが残念なところだ。やっぱり恋愛とかには憧れてしまう。


「じゃあ何で怪我したの?」


 相変わらず明は怪我の原因になんてあまり興味がなかったが、建て前として訊いておく。


 直史が口を開きかけた時に後ろから足音が聞こえ、振り向いてみると音楽教師がこちらに歩いてきていた。

 今日は、と明と直史が言うと教師は微笑みを浮かべ満足げにうなずきながら挨拶を返した。……ああ、これは絶対に誤解されている。私と和泉はそんな関係じゃない、と心の中で言ってみたところで、勿論教師に伝わるはずもなかった。つくづく人間って複雑だと感じる。


 教師の姿が見えなくなってから直史は口を開いた。


「それでさ、実は……今井にやられたんだ」


 苦笑しながら目にあてたガーゼを指差す。明は目を丸くしてガーゼを凝視した。どの程度の怪我なのかは知る由もないが、病院に行ったらしいしそれなりの傷なのだろう。


「マジで?」

「マジ」

「……どうして?」


 直史は言うのを少しためらっているようだ、唇をなめて「うーん」とうなった。話すつもりがないのならわざわざ話しかけてこないでよ……なんて言えるはずもない。


「屋上に行って顔を会わせた瞬間、『お前のせいだ』って。そう言って殴られたよ。顔面パンチなんて女のすることじゃねえよなあ」

「凄っ」


 思わず声を上げてしまう。里恵が直史を殴るシーンを想像してみようとしたが、そんな光景はドラマくらいでしか見たことがないのでうまく頭の中に描けなかった。


「あいつの爪でぱっくり切れちゃってさ」

「痛たたた」


 こういう話は苦手だ。聞いているこちらまで痛くなってくるようだ。雑巾を持った二人の女の子が黄色い声をあげながら明達の脇を通り過ぎていった。


「ていうことは、やっぱり安藤さんあれから来てないの?」


 鼻から息を吐き出しながらうなずく直史。


「でも、別に私達のせいじゃないよね?」

「俺とお前を一緒にするなよ」


 直史はムスッとしたような表情になった。自分でもこんな言葉が出るとは思っていなかった。明は直史の考えに大筋賛成をしていたから、責任を感じていたのだと思う。だから、私達だなんて言葉が出てきたんだ。

 明はうつむいて自分の爪先を見つめた。上履きにマジックで書かれた『江川』の二文字はお世話にも綺麗な字とは言えなくて、何度か手洗いをしたせいでにじんでいた。


「正しかったのかどうかとかは置いといて、少なくとも俺と江川の責任はあると思う」


 責任、という言葉は心にずしりと来た。重い、言葉だった。


「でも私は安藤さんに酷いことは言ってないと思う」

「お前はそうでも向こうは違うかもしれないじゃんか」


 嫌なことをいう奴だ。人の柔らかくて触れられたくない所をつつくような、そんな物言いを直史はする。


「とりあえず、今俺達が何をしても無駄だってことだよ」


 明は両手に拳を作り強く握った。何でそんな風に言い切れるの? そんな風にすっぱりと割り切られるの? でも口に出すことなんて出来ない、明は黙ったままだった。


「あいつ、修学旅行には行くって言ってたからさ。ま、頑張れ」


 何を頑張れと言っているのかは分かっている。待ち遠しかった修学旅行も、暗雲のような重い気持ちが心に垂れ込めることとなった。話した内容も具体的に言ってくれないし、私は誰を信用したらいいのだろう。




 どんなことがあっても毎日は過ぎてゆく。時間が止まることなんて有り得なかったのだ。修学旅行は刻々と近付いてくる。



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