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15歳。  作者: 月森優月
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第22章 来てたんだ。


「スマイリー置いてくな〜!」


 ナツキの声が聞こえたが、ここは気のせいということにしておこう。


 明はぎりぎりでチャイムが鳴り終わるまでにクラスの女子の列に並ぶことが出来た。昨日雨が降ったせいで地面の色はいつもより濃くなっていて、時折生ぬるい風が吹く。

 大抵はジャージの上だけを着ていて、ナツキのようにズボンまで履いている人はあまりいなかった。間に合わなかった生徒は、ナツキと紀子を含め六人いた。


「はい、お前達は遅刻ー。校庭一周走ってきなさい」


 体育教師の町田先生は校庭のトラックを指差した。


「殺す気かよ〜」


 と言いながらも彼女達は走り始める。大変だなあ、と明は他人事のように思った。


「スマイリーって持久走何分?」


 隣に並ぶメグが訊いてきた。彼女も吹奏楽部だが、あまり会話をしたことはない。同じクラスになったのも今年が初めてだから、メグが速いのか遅いのか全く分からなかった。


「えーっ、遅いよぉ。メグは?」

「あたしも遅いよ。何かスマイリー速そうな気がする」


 実のところ、明は速い方だった。でもやっぱり本当のことは言えない、謙遜するのが当たり前で、ルールだから。前ならえの号令がかけられたが、真面目に両手をぴんと伸ばしている者はあまりいなかった。この年になって前ならえなんて恥ずかしい。明もいかにもだるそうに片手を伸ばすだけだった。


「……あれ」


 メグが声を出した。喋っていると教師に怒られるので小声で。何? という意味合いでメグに顔を向けると、


「今井さん来てたんだ」


 と言った。メグの視線を辿ると、昇降口の入口にあるコンクリートが一段盛り上がった場所に、他の見学生徒に混じって里恵は座っていた。茶色い髪と着崩したジャージのおかげで、遠くからでも彼女だとよく分かる。


「本当だ。でも今日来てなかったよね?」


 メグの発した言葉を聞いていたのだろう、メグの後ろにいる女子が言った。


「うん」

「いつ来たのかなあ」

「さあ」

「そこ、お喋りするんじゃない」


 先生がこちらを見ながら注意したため、明達は口をつぐんだ。遅刻した生徒全員が走り終わったところでやっと体育委員による号令がかけられる。そして準備体操、ウォーミングアップとしてのトラック一周。その間も明は里恵の方をちらちらと窺っていたが、彼女は爪や髪の毛をいじっていたりして、一度もこちらを見ようとはしなかった。




 持久走は何度やってもきついものには変わりなく、三周もするとどうして仮病なりなんなり使って見学にしなかったのかと考えてしまう。スタート地点を通るとまだ走る番が来ていないナツキに、


「頑張れー」


 と声をかけられるがそちらをちらっと向くので精一杯だった。笑顔を向けられるのはせいぜい二周までだ。息がとっても苦しくて、こめかみを流れる汗は冷たく感じた。しばらくしたところで振り向いてさり気なく里恵の様子を窺うが、やっぱり彼女は下を向いて自分の爪を触っていた。ここまで見てくれないというのは哀しかった。

 そんな風によそ見をしていたものだから、


「あっ」


 周りの風景が上へ流れてゆく。転んでしまったのだ。反射的に手をついたので顔面を地面にぶつけることはなかったものの、急いで起き上がろうとしたら膝に鋭い痛みを感じた。


「おい、大丈夫か?」


 ストップウォッチを持った町田先生が近寄ってきた。脇を通り過ぎる生徒はみんな自分のことを見ていて恥ずかしかった。


「大丈夫……だと思います」


 明は立ち上がってジャージについた砂を払う。膝を見てみると血が出ていた。


「あー、怪我してるね。保健室に行ってきなさい」

「え、大丈夫ですよ。水で洗えば」

「なーに変な遠慮しているんだよ。菌が入ったら大変だから行ってきなさいって」


 町田先生は笑って明の背中を叩いた。先生は女性、しかも結婚もしているのに男みたいな口調で話す。だけど、そういうところが明は好きだ。町田先生は、この学校で一番好きな教師だった。


 走る人の邪魔になるのでトラックから出ると、膝についた砂を軽く払う。血痕が手に少し付着した。洗ってから保健室に行こうと思って水道の方に視線を向けたら、心臓がびくりと大きく跳ねた。


 水道を囲むコンクリートに里恵は寄りかかっているのだった。



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