第18章 ……いじめ?
一瞬、時間が止まったように感じた。明は目を見開いて斐羅を見つめる。斐羅はうつむいたまま何も言わず、唇を噛んでいた。里恵が何度か口を開いたり閉じたりしているのが目に入ったが、斐羅は自分に話してくれているのだから自分が何か言わなければと思った。
「……いじめ?」
一番始めに頭に浮かんだ言葉だった。大人しそうな彼女のことだからあり得ると思ったのだ。しかし、斐羅は小さく首を振り、
「違うの」
と言い切った。明はますます分からなくなった。どうして真面目そうな彼女が? 困惑したまま直史に目をやる。しかし彼は明の方を向いておらず、まっすぐ斐羅を心配げな瞳で見つめていた。
沈黙が重い。明はいつも、沈黙にならないよう一生懸命に会話をつなげてきた。そのためなら時には嘘だって言ったりもした。でも、今ばかりは嘘を言うことなんて出来ない。斐羅が何か言い出すのを待つしかなかった。
「斐羅はさ、すごく真面目なんだよ」
里恵がぽつりと言った。触っている髪の毛を見つめたまま、言葉を続ける。
「だから、仕方ないんだよ」
「どういう意味?」
明は眉根を寄せた。真面目なのにどうして学校に行っていないのか、理解が出来なかった。
「真面目な奴は学校なんて腐った場所には行かないんだよ」
里恵は明に視線を移した。
「何それ。じゃあ、学校行っている奴は馬鹿だってこと?」
たまらず明は口にした。こんな風に学校を見下してばかりで、ただ単にあまり学校に行かない自分を正当化しているだけのような気がしたのだ。
「やめろよ」
直史が口を挟む。里恵が他人を馬鹿にするかのような発言をするのはよくあることだから、さすがに呆れているようだった。
「学校に耐えられなかったの」
明は斐羅に視線を移した。横を向き遠くを見ているかのような視線で、慎重に言葉を紡ぐ。長いまつげが綺麗だと思った。
「行事をするのも辛かったし、友達と喋るのも嫌だった。だから」
「何で辛かったの?」
「うん……」
斐羅は曖昧な返事をするとまた口を閉じてしまった。
「だからさ、学校って馬鹿ばっかじゃん。斐羅はそれに耐え切れきれなくなったんだよ」
「違うよ」
斐羅が否定した。里恵は意外そうな表情になり、
「だって斐羅、学校が嫌になったから行ってない訳だろ?」
「そうだけど、馬鹿ばかりだからって訳じゃない。あくまでも、私が耐えきれなくなっただけ」
「ていうかさあ、やっぱり行った方がいいって。受験生じゃん」
そう直史が言うと、斐羅はとても哀しそうな顔になった。
「なおくんも分かってくれてなかったんだ」
明は直史と同じ気持ちだった。学校は面倒くさいところだけど、絶対に行っていた方がいい。行かないのは単なる逃げだと思う。けれど、斐羅の目が赤いことに気付いていたから口にすることは出来なかった。
「お前、馬鹿じゃねえの。学校なんて人を駄目にするだけじゃん。教師みたいなこと言うなよ」
里恵は立ち上がって声を荒げた。明は不安な気持ちで里恵を見上げる。彼女は隣に座る直史をにらんでいた。
「アタシは、斐羅は間違っているとは思わない」
明は斐羅を盗み見た。彼女の目はうるみ、しかし涙をこぼさぬためだろう、唇を強く噛んでいる。
最低な子供『だった』と過去形で話した訳も、学校へ行っていない理由も、何一つ分からなかった。なのに里恵は分かっているようで、明は仲間外れにされたようで少し寂しかった。