第17章 最低な子供。
明には分からなかった。風が吹き、髪の毛が口の中に入る。
「分かんないんだけど」
「俺達の、モットーみないなものかな」
ますます分からない。ちゃんと説明してよ、と明は言った。
「小さい頃はさ、誰でも悪いことをしたことがあると思う。正直だし、世間のことを何一つ知らないからさ。でもその悪いこと、親だけはいつになっても覚えてたりするよな。あなたあの時はああだったとか、そんな小さい頃の悪事を蒸し返されたって本人は苦しいだけだろうな。子どもは成長するにつれ変わっていくっていうのに、あまりにも身近な存在すぎるから気付かないんだろうけど。自分のしたことが消えてしまえばいいのに、と思っていても」
「……それ、誰の話なの?」
「別に、誰の話ってわけでも……。それなら、江川は何にも思い出したくないようなことないのかよ」
後悔すること、あった。苦い記憶がよみがえってくる。確か、あれは小学三年生の頃。明はクラスメートの男の子に髪型を揶揄されたことがあった。泣きたい気持ちになり、だからその子の下敷きを盗った。しかし黙り通す根気がなく、つい他の子に漏らしたら担任にバレてしまいこっぴどく怒られた。
他人が聞いたら些細な出来事、しかしこの話を他人に話したことはない。いつか、笑って話せる日が来たりするのだろうか。
「アタシは、クラスメートのやつ泣かせたことあるよ」
そう言って鼻で笑った。
「ムカつくやつだったんだよ。大人しくてか細い女の子に悪口をよく言ってきてさ、仕返しに突き飛ばしたんだ。ちょうど雨上がりで地面ぐちゃぐちゃでさあ、そいつの顔は泥だらけになったよ」
笑いながら暴露できる里恵はすごいと思う。これは絶対に、思い出したくないことなどではない。ふと明は気が付いた。
「ん? 大人しくてか弱い女の子って誰」
「アタシに決まってんじゃん」
真顔で自分を指差した。すると斐羅が横目で里恵を見ながら、
「たくましい腕だったし、体育の時間は人一倍騒がしかったような気がするんだけど。私の思い違い?」
「それはきっと勘違いだよ」
里恵は首を振った。二人のやり取りって面白いよな、と直史がこぼし、明は笑いながらうなずいた。
「ま、そういうことだよ」
穏やかな笑顔を明に向ける里恵の姿に何か引っかかった。斐羅に目を向けると、とっくに笑顔は引っ込んでいて口を真一文字に結んでいる。――そうだ、斐羅は何かを話そうとしていたんじゃなかったか。心の声が聞こえたかのように、斐羅は口を開いた。桃色の唇が綺麗だと思う。
「私……。最低な子供だった」
「え?」
思わず明は聞き返した。里恵も直史もうつむいているところから、どうやら知らないのは自分だけみたい。仲間外れにされているような感覚を取り払うために明はわざと明るい声色を作った。
「え、安藤さんはいい人だとだと思うよ。頭良さそうだし、それに、」
「そんなことない」
斐羅の声に遮られる。哀しそうな表情で、膝に置かれた自分の白い指先を見つめながら言った。
「……学校に、行ってないんです」