第15章 三者面談。
午後二時をまわったところだ。明は廊下に置かれた椅子に座っていた。隣にはスーツをまとった母親も座っている。目の前には明の教室があった。その時教室の扉が開き、背の低い厚化粧の女性が出てきた。続いて出てきたのは、
「あ、和泉」
直史は扉を閉め、明の母親に一礼すると、
「よっ」
と言った。
「江川が次なんだ。三者面談」
「うん」
「頑張れよ」
そう言って笑みを浮かべるが、どことなくぎこちなかった。江川さん、と教室の中から声が聞こえ、母親と明は腰を上げた。
「江川は、川田総合高校だよな」
手元にある明が出した進路希望調査の紙を見ながら担任が言う。
「はい」
「どうしてそこがいいんだ?」
言葉につまる。何度も志望動機について考えてみた。しかしあそこのことは何一つ知らなく、教室の本棚にある高校情報誌を読むのも、クラスに誰かいると気が引けた。だって、皆まだ真剣に考えてはいない。
「近いからです」
苦悶の末そう答えると、担任はあからさまに眉をひそめた。隣に座る母親の視線が痛い。
「まあ、まだ高校のことをあまり知らないのは仕方ないからな」
「娘は、そこに入れるんでしょうか」
たまらず母親が口を挟んだ。母親に視線をうつした明は、短い髪の毛に白髪があるのを発見する。
「まだ五月ですからねえ。この先まだまだ偏差値なども変動するでしょうし。ただ、今のままだと少し厳しいかもしれませんね」
と言ってあごをかく。そうか、厳しいのか。しかしさほどのショックは受けなかった。ここ川田市には高校がたくさんあるから、自分の行けるところに行けばいい。
「実力テストの結果から考えると、川田工業などなら余裕があると思うな」
担任の口から出た高校名に明は愕然とした。川田工業……確か、川田市で一番偏差値が低い公立の高校とかいう。自分が、そんなに頭が悪いなんて知らなかった。明は思わず、
「私って馬鹿なんですか?」
と聞いた。すると担任は小さな目を見開き、
「いや、そんなことないぞ。江川は授業態度も良いし、内申も悪くない。ただ、成績の波が激しいんだよな」
どういう基準で悪くないと言っているのかは不明だが、波が激しいというのは明も分かっている。平均そこそこの時もあれば、ぐんと三十番以上順位を落とすこともある。
「とりあえず、中間・期末テストが終わってみてからだな」
担任は話を切り上げる。暑いわけでもないのに、明は背中に汗をかいていた。
「あんたさ、真面目に勉強した方がいいんじゃない?」
帰り道、母が不機嫌そうな声で言った。
「担任のあの言い方じゃあ、あんたの言ってた高校は受からないよ」
断言されてカチンときた、何にも分かっていないくせに。足元の小石を蹴り飛ばすと、小石は路上駐車された車のボンネットに当たった。やばいと思ったが、気にしないようにと明は口を開く。
「大丈夫だよ。まだ先のことだし」
しかし母親はぴしゃりと言う。
「大丈夫大丈夫って言っている内に、受験は来ちゃうんだからね。二学期までには志望校が決まる子が多いんでしょ。早めにコツコツ勉強したら?」
「うるさいなあ」
つい声を荒げた。不穏な空気が漂う。
「私、ちょっと約束してる友達がいるから先に帰ってて」
明はそう告げると、母親の返事も待たず逃げるように来た道を引き返した。
約束してる友達なんて、いやしないんだけどね。明にはもう行く場所が決まっている。迷ったが、エレベーターで最上階まで上る。降りると階段を上り、目の前に現れたドアを開けた。そこには、髪の長い女の子と長身の男の子が一つ高くなったコンクリートの上に座っていた。