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15歳。  作者: 月森優月
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第13章 サンキュ。


 放課後、教室に残るのは里恵と明、そして担任。無精ひげをはやした担任が椅子に座ったまま、


「進路指導の先生が集計を取らないといけないんだ。だから、明日には提出してもらわないと困るんだよ」

「……分かりました」


 もういいや。適当に近くの高校名を書いて提出すればいいじゃないか。明は妥協することにした。しかし、隣に立った里恵は食い下がる。


「だって高校行く気ないし」

「なら就職希望に丸を付けて提出しなさい」

「就職? しないよ」


 里恵がそう言って鼻で笑うと、担任の眉がぴくりと動いた。


「じゃあどうしたいんだ」


 担任が机に身を乗り出した。すると里恵はそっぽを向いて何も答えない手段に出たようだ。本当に強いな、この子は。


「とりあえず江川はもう帰って良い。明日は必ず持って来るんだぞ」


 あごを触りながら担任は少し困り果てた顔をする。里恵の扱いに悩んでいるらしい、新米教師じゃあるまいしと明は毒づいた。机の上の通学バッグを持ち、さよーならと挨拶をし教室を出る。振り返ると、担任がぐだぐだと高校へ行かなかったらどうのこうのと世間論を語りだしたのが目に入り、里恵にはそんなの通じないのにと少しだけ笑った。



「そんなんならもう部活に来なくていいから!」


 部活動のため音楽室の扉を開けると、いきなり怒声が明の耳に飛び込んできた。ピアノの前で、部長が一列に並んだ三人の一年生に対して何やら怒っているらしい。


「ねえ、どうしたの?」


 楽器を持ち出しこれから廊下で練習に入るところであろう部員に聞いた。


「何か、うちらへの態度が悪いんだって」


 かったるそうに答える。うちら、というのは三年生のことを差す。一、二年は三年生に対して敬意なるものをはらわないといけない、それが暗黙のルールだった。明も去年までは敬語はもちろん、部活の先輩を見かける度に頭を下げ、何か言われたら大きくハイと返事をする、そんな日々を送っていた。

 小さなことで叱られる度、私達は優しい先輩になろうと言ったものだった。その会話には今の部長もいた、なのに。


「だから、先輩に会ったらちゃんと返事をする。分かった?」


 大分怒りの冷めた声で部長が言う。涙混じりの小さな返事が二つ聞こえた。

 怒る人もいれば、慰める人もいる。共通するのは酔いしれているのだ、『先輩』という肩書きに。


「元気出してね」


 音楽室を出た一年生に三年生の一人が声をかける。


「部長、性格キツいとこあるから」


 廊下でチューニングをしていた明は、ちらりと一年生を見る。すると、彼女達がジャージの裾を折っていることに気が付いた。 本校のジャージは、ズボンの裾がすぼまっていて何とも格好悪い。だから、折りたい気持ちもよく分かる。しかし、吹奏楽部には決まりがある。ジャージの裾を折らないこと。それは校則でも禁止されているが、無視している人がほとんどで三年生ともなると折らない人を見つける方が難しいのだった。


 だが、吹奏楽ではそれがかたくなに受け継がれてきていて、少なくとも部活中に折っているものは皆無。


 明は無性に腹が立ってきた。自分は守っているのに、一年生の分際でと思ってしまう。チューニングを再開するがトランペットの音はよく出てくれない。ふと、些細なことに怒る自分が情けなく思えてきた。




「よっ」


 部活の帰り道、自動販売機でジュースを買う里恵がいた。思わぬ人の登場に明は驚き、


「今井さん、何でここにいるの!?」


 と聞いた。


「ジャスコ行った帰り、のどが渇いたから。こっちだってまさか江川さんがいるとは思わなかったよ」


 確かに里恵のすぐ横には自転車がとまっている。彼女は部活に入っていない、しかもこの道の先にはジャスコがあった。


「でも今井さん、ムカついてるんじゃなかったの」


 尖った明の声に、里恵は少し小馬鹿にしたようないつもの笑い方をする。


「ああ、別に。こっちにはこっちの事情があるんだよ。ムカついてなんかいないよ、けどさ」


 そこまで言うと里恵は買ったジュースを開けた。プシュッという音が人気のあまりない道に響く。


「ガッコに行ってないやつがそう言われてどういう思いをするのか少しは考えてみたら? 何もそいつのことを分かっちゃいないのに、あんな軽薄に『学校来てね』ってさあ」


 別に軽い気持ちで言った訳じゃない。しかし、確かに自分は彼女のことをほとんど知らなかった。安藤斐羅という友達がいるということだけ。でも、今日学校に来てくれたこと、それが明には嬉しかった。これも口に出したらきっと怒られる――だから、誰にも聞こえないよう、


「サンキュ」


 とつぶやいた。ちょっとだけ、里恵口調で。



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