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15歳。  作者: 月森優月
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第10章 第一回進路希望調査。


 杉沢のいない教室は平和だ。問題も起きず、授業も妨害されることなく穏やかに進む。あまり嬉しいことではないが。退院するのはまだまだ先のことだろう。里恵はもう十日以上学校に来ていないし、直史とはあれ以来口をきいていない。もうすぐ五月がやってくる。


「……死んだ」


 机にあごを乗せたナツキが先ほど返された数学の答案用紙を見ながらつぶやいた。


「こらこら、まだ死ぬのは早すぎるぞ」


 明はおどけて言った。点数はそこだけ紙が折り返されているので分からないが、教師の口から出る正しい答えを書き写した赤字の多さからして、事態は深刻だ。


「気にするなって。ナツキ数学以外は良い点数だし」

「でも内申がなあ……」


 明の胸がちくり、と痛んだ。内申、それは受験する高校へ送られる通信簿。


「ナツキ、高校どこ行くの?」

「市立川田、とか出来れば行きたいねえ」


 そう言って答案用紙を適当に机の中に突っ込む。明は意外の感にうたれた。自分の席で提出期限の過ぎたノートにナツキから借りたノートを見て写す紀子に目をやる。


「紀子ちゃんもそこ行きたいって言ってたよねえ」

「そうだっけ」


 今回の実力テストで、ナツキと紀子は五十点以上の差があったらしい。市立川田は普通より少し頭の良い高校だった。紀子はともかく、ナツキはきわどいような気がしたが、口には出さなかった。それにしても紀子は本当に頭が良かっただなんて、いつも眠たそうな目をした彼女からは想像が出来ない。前に里恵の言葉で泣き出した時、ナツキが言った『すっごく』というほどではないが。


「スマイリーはどこ行くの?」


 頬づえをつきながらナツキが聞く。明は一瞬固まり、返答につまる。ようやく無理に笑みを浮かべ、


「まだ、分からないな」


 とだけ答えた。考えていなかった訳ではない。どこにも受からないほど頭が悪い訳でもないと思う。ただ、行きたいところが見つからなかった。高校を卒業し、その後のこともまったく分からなかった。自分はいったい、どこに行くのだろう? そう考える度、先の見えない不安が押し寄せてくる。こっそり直史に視線を移す。笑って男子と話す彼、――きっと偏差値の高い高校に行くんだろうな。


 明の視線に気付いたのか、ナツキも直史を見ながら言った。


「和泉とかは、どうせ浦高辺りに行くんだろうね」


 公立では県内トップの浦吉高校のことだ。頭の良い大学に行って、給料の良い仕事に就く、まるであらかじめルートが決められているかのような幸せな人生がきっと彼には待っている。羨望と少しばかりの妬みが交じった眼差しでもう一度直史を見た。




 それが配られたのは翌日のことだった。


「進路かー」


 『第一回進路希望調査』と書かれたわら半紙を明は見ながら鉛筆を手でもてあそぶ。斜め前に座る直史に目をやると、彼はもう書き始めていた。提出日は三日後だ、その言葉を聞くと明は丁寧に二つに折り、クリアファイルに挟んで机の中にしまった。




 提出日前日、担任が言った。


「誰か今井の家を知っている人はいるか? いたら進路希望調査の紙を届けてやってほしいんだが」


 しかし手を挙げるものは誰もいない。直史を見たが、だらんと下げた右手はまったく挙がる様子が見られないので遠慮がちに明は手を挙げた。


 掃除の時間、明は直史をつかまえた。


「ねえ、何で手挙げなかったの?」


 自分のとがった声が耳につく。


「他の奴の目もあるし、江川はもう行けるだろ?」


 他の奴の目って……。明は手に持つほうきで彼の頭を一撃してやりたくなった。


「そんな目で見るなよ。ごめん。でも、無理なんだ」

「もういいよ」


 明はそう吐き捨てて直史から離れた。そしてふと気づく。女子にはあんなにはっきり言ったことがないなあ、って。




 わずか数日前のことなのに、やけに懐かしく感じる。あの無人の公園や、そびえ立つマンション。今日は一人だから前より緊張する。深呼吸をして呼び鈴を鳴らすと、里恵の母親が出て来た。


「あの、里恵さんと同じクラスの江川ですけど、これを渡すように頼まれて」


 進路希望調査の紙を差し出す。しかし母親は受け取らず、


「あら、わざわざありがとねえ。里恵は今自分の部屋にいるから、どうぞ上がっていって」


 と言うので明は驚いた。 


「いいんですか?」

「直接渡した方がいいでしょう。きっとあの子は呼んでも来ないから。友達が遊びに来ているみたいだけど」


 友達、か。里恵の友達とはどんな人だろう。明は気になった。だから、


「じゃあ上がります」


 はっきりとそう告げた。



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