第1章 流れてゆく。
流れてゆく。
皆と同じことをして、流れに取り残されないようにしばしば自分を偽って。こんな生活心底嫌なのに、結局皆と同じように流れてゆく。不可抗力だ、と明は思った。そうだ、これは不可抗力。クラス替えで騒然とした新しい教室の中、そんなことを考えていた。こんな風に思っていたのは、おそらくずっと前からだろう。
「スマイリーとまた同じクラスだねー」
休み時間、ナツキは明の机に寄ってくると満面の笑顔で言った。スマイリーというのは明のあだ名だ。名字の『えがわ』と『笑顔』をかけて、そう呼ばれるようになった。
「だね。良かった、知ってる人がいて」
「うんうん、あ、そうだ。紀子!」
ナツキが後ろに向かって手招きをする。すると、ショートヘアーの肉付きの豊かな少女が嬉しそうな顔をして寄ってきた。これが紀子か。
「うちの友達」
ナツキが紹介する。
「えっと、江川さんだよね。確か去年の合唱祭で指揮やってた」
「うん」
うなずきながら、明は頭の中で必死に紀子の名字を思い出そうとしていた。見たことはある、目立つ体型だし。でも、どうしても名字が出てこない。
「ね、早速なんだけど多分明日頃に係決めするじゃん?で、うちら一緒の係に手挙げようよ」
ナツキが目を丸くしながら提案すると、明と紀子は
「そうだね」
「うん」
と快く了解した。知らない人と同じ係をやるのは嫌だったので明は嬉しかった。
でも、ああこれでグループが固まるんだなと思う。去年は違うグループに属していたナツキが寄ってきた時点で明は確信していた。紀子だってほら、こんなに嬉しそう。今日までまったく親しくない者達が同じグループなんて、異質なようで普通なのだ、学校というものは。もし、グループからはみ出したりしてしまったら二度と入れない。どこのグループにも。
自分は大丈夫だ。はみ出さないコツを、これまでの学校生活の中で明は身に付けていた。
「今井さん、同じクラスなんだよね」
明がぼそっと言うと、ナツキと紀子の目が輝いた。
「そうなんだよねえ」
「そうそうあの人、結構ヤバいことしてるらしいよー。由紀達が学校サボって遊んでる時に見たんだって、あの人がオジサンと二人っきりで話してるの」
「マジで? それってもしかして援助交際ぽくない?」
と、機関銃のごとく二人はまくし立てた。明も一緒に驚いたりしてみせる。こういう話題を提供してやると、お喋りは一気に色気立つ。そして、一人一人が自分と同じことを思っていたんだと喜び、結束力が高まってゆく。分かっていた。
「あの人ってギャル系の由紀達と違ってノリ悪いんだよね。何かイヤ」
紀子が大げさに眉をひそめる。分かる分かる、と明とナツキは口を揃えた。すると紀子は安心した顔付きになる。もし、二人と考えが違っていたら致命的だからだ。考えが異なる人は次々とグループからはみ出す運命にある。
だから、私今井さんのこと少し尊敬するんだよね、他のそういう人と違って一人で頑張っている感じだから。とは、口が裂けても言えるはずがなかった。
今井さんは、始業式の日なのに学校に来ていない。
そして今日も流れてゆく。明るい女の子『スマイリー』を演じながら。