第二話
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水谷さんの部屋にはテレビがあった。だからイナイ君とボクが彼女の家にお邪魔する時は、いつも三人で肩を寄せ合ってテレビを見ていた。
イナイ君はニュース番組が好きだった。残酷な殺人犯とか、悲惨な事故や災害とかのニュースをやってる番組を探しては、けらけら笑いながら画面を指差していたように思う。
彼のそんな行動がただのポーズでしかないことは、小学生だった当時のボクにもなんとなく分かっていた。水谷さんはいつもつまらなさそうな顔で膝を抱えていたものだけれど、つまらなさそうなだけで不愉快っていう訳でもなかったんだと思う。彼女は友達が家にいてくれたら、それだけで満足な子だった。それに彼女はこうも言ったのだ。
「こんなのはなんでもないことだ」
イナイ君は水谷さんの方を向いて、抗議するような声でこう言った。
「人が死んでいるんだぜ? おもしろいじゃないか」
「だから、それが何でもないことだと言っているんだよ。カズマはこういうことでいちいち喜びすぎなの、もっともカズマみたいな人間がこの世の中に多くいるから、ニュース番組の視聴率は高くなるんだろうけれどね」
シチョウリツというのがその時のボクには分からなかった。世の中の多くの人間と同じにされたイナイ君は、眉を潜めて水谷さんと対面した。彼はこういうのが一番嫌いだった。だが水谷さんも怯まなかった。
「人はふつうは死ぬでしょう。こうしている間にも世界ではばたばた人が死んでいるの。それをいちいちおもしろがって笑っていたら、君は三秒に一回顎を外して悶え苦しまなくちゃいけなくなるわ。人の死なんて、どこもユーモラスじゃないし、下劣な嘲笑の対象になるようなコミカルなことでもない。カズマだっていつかは死ぬんだからね」
雄弁な水谷さんに、イナイ君は一言こんな風に応答した。
「僕は死なないよ」
「あたしはそうは思わないな」
水谷さんはくすくすと笑った。その表情は、おもしろがるようであって、イナイ君に対する親愛の情がたっぷり含まれたものだった。
ニュース番組ではアナウンサーがその日一番のビッグニュースを伝えていた。これは良く覚えている。なんと隣の県にUFOが飛来したというのだ。
「UFOだってさ」
水谷さんはおおかしそうにテレビ画面を指差した。
「こういうのをコミカルでユーモラスだというの。こんなことは滅多におこらないわ。おもしろいじゃない」
「そうかな」
イナイ君はそう言ってチャンネルを変えようとした。彼にしてみたら、UFOが飛来したニュースなんて、自分よりずっと頭の悪い子供の読む、SFの漫画くらいの価値しかない低俗なものなのだろう。
『これが現場の映像です』
ニュースキャスターがそう口にすると、テレビ画面にはいくつもの破壊の筋が入り無残に荒廃した町の様子が映し出された。チャンネルを変えようとしていたイナイ君が、慌てて音量を上げる。その様子をおもしろがるように水谷さんは笑った。
巨大な円盤が画面に表示された。円盤の下側からは、ものすごい色をしたレーザー光線がびびびと発射されて、町の建物を薙ぎ倒していた。地面が深く抉れて、家はその一瞬でまる一日燃やされ続けたのと同じくらい灰っぽくなった。
『これがUFOによる破壊の模様です。なんと、この中に乗っていたのは僅か小学五年生の子供だったのだそうです。これはいったい、どういうことなのでしょうか?』
「どういうことなのかって?」
識者然とした男性にマイクを向けるキャスターに、水谷さんは突っ込む。
「乗っていたのが子供だったということでしかない。このキャスターは頭が悪いのね。どう思いますか、と訊いた方が正しかった」
「どうでも良いよ。この禿げたおっさんの意見なんて、どうでも」
「そうだね。そうだ、禿げたおっさんと言えば、今日は中家先生が……」
そう言って学校の先生の悪口を言い始める水谷さんを完全に無視して、イナイ君はテレビ画面に噛り付いていた。
『もともと中にいた生命体……宇宙人のことですね。これはおそらく、地球の大気に触れて死んでしまったのでしょう』
禿げたおっさんは禿げたおっさんの癖に偉そうなことを言っている。イナイ君がそこで疑問を口にした。
「どうして、地球の大気に触れたら宇宙人が死ぬんだ」
「カズマが魚だったとするでしょう? そうしたら、カズマは陸に上がった途端に死んでしまうことでしょうね」
水谷さんが説明を加える。
「どういうこと?」
「住んでいるところと環境が違えば、生き物は死んでしまうんだ。宇宙人にとって、あのUFOの中は適した環境で、地球はそうじゃなかったってことね」
「ふうん」
その説明でボクは良く分からなかったけれど、イナイ君は納得したらしい。偉そうな禿げたおっさんは次はこう言った。
『それでUFOだけが残されました。そうして、それに乗り込んだのが少年Aだったんです。彼は何らかの手段でUFOを操作し、地上に対して破壊活動を行ったのです』
「少年A!」
水谷さんはおかしそうにそう言って笑った。
「少年Aだって! 少年A! おもしろいね!」
『では、どうしてその少年はUFOを操作することができたんですか?』
『それは分かりません。ただ今、研究が進められているところです』
「何が研究だ!」
水谷さんがまた笑った。
「その少年Aに訊いてみれば良いんじゃないの! アッタマ悪い!」
「どうでも良いよ」
イナイ君がそこで言った。
「そんなことよりさ。僕らもあれに乗ってみたいと思わない。水谷さんと、なっちゃんと、三人でさ」
ボクら二人に向かってそういうイナイ君に、水谷さんは少し考えるように下を向いて
「カズマもたまにはおもしろいことを考えるね。それは確かに愉快だな」
「なっちゃんは、どう?」
ボクは少し考えてから、こう答えた。
「三人なら、良い」
イナイ君は目を輝かせた。
「ボクら三人ともが乗るんなら、きっと楽しいと思う」
目が覚めた。朝の九時半だった。
寝坊した。ボクはふとんの上でうだうだと一時間ほど唸ってから登校の支度をした。先生の話は良く聞いていなかったけれど、いくら芥川が死んだからと言って、二日もは休みにはならないだろう。
家を出てからボクはイナイ君の家で会った女の子のことを考えていた。
イナイ君のことだ。女の子を一人浚って来て檻の中に閉じ込め、自分は天使だと主張するように仕込むくらいのことはするだろうか。しかしそれにしたって、あの女の子の喋り口調は子供らしくなさ過ぎた。老成していたと言っても良い。
「そうだ」
ボクはそこで思いついた。
「イナイ君ちに行こう」
どうせ遅刻は免れないのだ。だったらあの天使の女の子についての説明と、昨日の質問に対する答えを聞かせてもらいに行こう。そう思い、ボクはイナイ君のアパートを訪ねた。
「こんにちは」
イナイ君の部屋の前で、ボクに声をかけて来たのは二十歳そこそこの美人さんだった。気後れして何も言えないでいるボクを、安心させるように女性は微笑んで見せると、艶やかな声でこう言った。
「この部屋の主なら今日も出かけていますよ。まったく寂しいものです。彼は悪魔さんとばかり仲良くしているのですから。あのように感情的で幼稚な小悪魔の何が良いのだか理解に苦しみます」
この人は誰だっけ、ボクは頭の中で知っている人の情報をぐるぐると回した。
「……イナイ君の、お姉さんでしたっけ?」
「いいえ違います。間違われるのも無理はありませんし、この体は確かに彼の姉上様のものですが」
くすくすと笑って見せて、女性は意地の悪い表情で言った。
「わたしは宇宙人です」
「……はぁ」
そうとしか応答できなかった。女性はそんなボクをおもしろがるように、穏やかに雄弁に語る。
「今より少しだけ前のことです。ここ地球に未確認飛行物体が着陸した事件がありました。あなたにも記憶に新しいことと思います。わたしはそのUFOの乗組員の一人であり、唯一の生き残り。今はそう、この体の中に自分の脳の一部を移植してどうにか生きながらえている状況です」
からかっているのだと思った。言っていることがあまりに荒唐無稽だったからである。あの天使の女の子の言うことは、あの子があまり小さかっただけに真偽も分からずうなずき返すだけだったが、年上の女の人にこんなことを言われても首を横に倒すことしかできない。なのでボクはこう言った。
「それは本当ですか?」
「本当ですよ。あなた方地球人には言われたことを信じる能力に欠けているとわたしは思うのです。それはひとえに、本当のことを口にする能力に欠けているからなのかもしれませんが。まったく人間とは遅れた生命体ですよね。より優れた文明を構築するためには、同属殺しよりも先に嘘を強く罰するべきであることに、いつになったらたどり着くのでしょうか。ねぇ」
息継ぎもせずに長く喋る人だった。言葉の最初の一文字から一文字まで、むらなく人をバカにしたような声調が込められている。
「あなた方地球人の言葉にすると、わたし達のような来訪者は宇宙人と呼ばれるのですよね。わたしはこの名称に疑問を感じます。地球人と言えば自分を含む全ての人間を表す言葉なのに、どうして宇宙人と言えば自分達地球人を表さないのか。異星人と名乗るべきであったかもしれませんね。同じニュアンスの言葉を二種も三種も作ってしまうのも、地球人の愚かなところでしょう。どれか一つに洗練してしまえば良いのです。面倒だし不要だからとそれを行わないのは、思考停止というものではないのでしょうか?」
「……あの」
女性の言うことを遮って、ボクは声をかけた。
「あなたはイナイ君を知っているんですよね」
「もちろんそうですよ。地球人さん」
くすくすと女性は笑う。
「以前寄生していた野良猫の寿命が持たなくなったので、エサをやりに来たこの女性の脳に取り付いたのです。飛び掛って驚いた隙に、三秒で脳を移植しました。その程度の技術がなくては、文明人を気取ってはいけないというのがこの宇宙の常識ですわよ。ちなみにその前はバッタに寄生していました。わたしの脳は地球人のそれのように悪戯に大きくはありませんもの、バクテリアにだって寄生できますわ。ところで何でも小さくしたがるのは、あなたが地球人の性癖でもありましたわよね」
「だったら!」
ボクはつい大声をあげた。女性は驚いたような顔をする。
良く分かった。この人はイナイ君のお姉さんじゃない。こんなに饒舌な人、この人以外にボクは天使の女の子くらいしか知らない。
「だったら。イナイ君が何をしていようとしているのか、知っていますか?」
「ええ。知っていますわ」
女性は笑った。
「我々の飛行船が欲しいのだそうですわよ。わたしの目的とも合致いたします。だからわたしは、奸悪と言う語彙を液状にして人間の型に流し込んだような、あの少年に協力しているのですよ」
一瞬、女性はイナイ君の部屋の方を見た。それからボクの方を向き直って続きを言う。
「どう思われますか? あの少年のこと」
「大切な友達です」
ボクははっきりとそう言った。
「イナイ君は、人を生き返らせようとか、そんなことは言いませんでしたか?」
「何を言い出すのやら、と言った気分ですね。それではまったく荒唐無稽です。そんなことはあの小悪魔ではとても不可能でしょうし、彼は一言もそのようなことを言い出しませんでしたわよ」
「……そうですか」
ボクはそこで、つい下を向いてしまった。
「……イナイ君は、今度は何をしたがっているんですか?」
「ですから我々の宇宙船が欲しいのです。悪魔を呼び出し、天使を檻に閉じ込め、わたし異星人を懐柔しておいて。その程度のことが目的らしいですのよ。まったく滑稽なことですわ。あんなちんけな宇宙船なら、百台まとめてうっぱらっても、犬のエサにもならないでしょうに」
「どうしてイナイ君は宇宙船を欲しがっているんですか?」
「友達と一緒に乗って、地球を破壊するんだと言っておりましたわよ」
宇宙人は噴き出しそうに言った。
「まったく持って、どうでも良いことです。その気になればものの十秒で完了する事柄でしょう。それが済んだら、わたしは宇宙船に乗って母星に帰らせていただくことになりますね。これでようやく、このように鉄のコケで覆われた、まるでクズのような星からも出られるというものです。燃料だけなら既に調達できていますしね」
「……その友達、というのは?」
「知りませんわ。ですがそれは、あなたのことではないのですか?」
「友達何人、と言っていましたか?」
「それは知りません」
女性は笑った。
「あなたがたお二人に、他のお友達などいらっしゃるのですかね?」
あからさまな嘲笑だった。
「愉快なお友達を持ちましたわね。彼ならば、自分が知っている全てがまったく矮小な塵ほどの世界でしかないこと、この大宇宙とそれよりもさらに異なる大いなる概念をも、多大に精神を病みながらもどうにか理解できることでしょう。或いは、そんなこと知ったことかと何もかも破壊してしまうつもりなのかもしれませんが」
女性は饒舌にそうまくし立てて、それから艶やかな動きでボクに背を向けた。
「わたしはそろそろ立っているのが疲れてきました。ですので、どこか座れるところに
移動したいと思います。ところであなたも、もうそろそろ学校に行かなくては、まずいのでは、ないですか?」
その言葉で、ボクは気付いた。
ボクはあわてて廊下を戻った。エレベーターに小走りで向かう。もうそろそろ午前の授業も終わってしまう時間である。ボクはもともと遅刻の多い人間だ、こんなに遅れたのでは、良くない。
「ところで。昨日天使さんにした質問の答えですが」
女性はおもしろがるような声で言った。
「そのとおりだということです」
そうだろうと思った。ボクはかまわず、エレベーターに乗り込んだ。
結果としてボクは遅刻はしなくて済んだ。欠席扱いとなっている。学校にたどり着いた頃には十二時を回っていたのだが、そもそもその日の学校は休みだったのだ。
ボクにはもともとのんびりとしたところがあって、また考え方がとてもちぐはぐだ。だから小さい頃は良く知恵遅れと見なされた。今朝寝坊した時はどれだけ遅刻しても一緒だと考えて、今は十二時を回る大遅刻をしなかったことに安堵している。ちゃんと筋の通った考え方をできないと、周囲にボクのことをまともな人間だと認識させることはとてもできそうにない。
学校が休みになった理由としては、運動場で警察官の姿を見たことなどから薄々感づいてはいたが、またしても学校で死人が出たらしいのだ。
今度の被害者は藤村という男子生徒。授業中、突然大声で喚きだしたと思ったら、自分の右手を飲み込んで息が詰まって、目から涙を流して床をのたうちまわってそのまま動かなくなったらしい。こっそりと立ち聞きした内容だ。水谷さんだったら、その死に方をユニークだとでも称するのだろうか。ボクには何とも思いようがない。ただ、変わっているな、とは感じた。
芥川と仲が良くて、弱い者いじめが大好きだった彼。ボクには奴に対しての良い思い出があまりない。廊下を歩いているとあからさまに遠くへ避けられたり、プリントをくしゃくしゃんされたりなど、良く嫌な目にあったものだから。それは確か、イナイ君もそうだっただろうと思う。
ボクは校門に背を向けて、自分の家に向かって歩き始めた。なんだか睡眠不足だ、ごはんを食べたら、昼寝でもしよう。そしたらイナイ君を探して見るか。宇宙人の女の人によると、悪魔とどこかをほっつき回っているっていう彼を。
そう決めて、ボクはだらだらと家への道を歩き始めた。
読了ありがとうございます。
更に訳わかんなくなりました。次も明日までにがんばります。




