第一話
アクセスありがとうございます。
歯を食いしばって完成まではもっていきたいと思います。どうかお付き合いください。
それは小学生の頃、いつものゴミ置き場でのことだった。
「悪魔を召還するんだ」
イナイ君は誇らしげにそう言って手のひらでその装置を示した。バッタとカマキリの死骸は分かるのだけれど、この真っ白い頭蓋骨のようなものはいったいなんなのだろう。それを尋ねるとイナイ君はまたしても誇らしげに
「ネコの頭だよ。切り取って煮詰めて肉を溶かせばこうなる」
なんて説明をした。なるほど悪魔を呼ぶ儀式にはそぐいそうな、ずいぶんとオカルトな小道具ではあった。意外と本格的な内容にボクは関心してふんふんと何度か首肯した。
「それじゃあこっちの人形はなんだい?」
地面に無造作に配置された、ネコの頭蓋骨、カマキリの死骸、バッタの死骸のそのすぐ隣、かろうじて人間の形をした粘土細工が転がっていた。きっとイナイ君が作ったのだろう。彼は手先が不器用で、どんなことでも人より上手くこなすことができなかった。ただ良く本を読むので想像力は豊富で、その所為で何もない空間に魔物の姿を見出しては怯えてしまう。そして、居もしない怪物に対抗する為に、天使や悪魔や宇宙人を呼び出して味方にしようと常に躍起なのだ。
「これはヒトを現しているんだ。右側のネコとカマキリとバッタは、食物連鎖を表している。ヒトはカマキリに対応していて、そのすぐ下、バッタの隣に悪魔に対する生贄を配置する。そうすれば、ネコに対応する場所に悪魔が下りてくる仕組みなのさ」
イナイ君は何の疑いもなくそう言った。いったいどんな本を読んだのだろう。
「それは分かったよ。でもさ、悪魔を召還して、何をするつもりなんだい?」
「UFOを貰うんだ」
イナイ君はそう言ってはにかんだ。
「それに乗り込んでさ、僕らの敵をレーザー光線でみんな殺してしまう。なっちゃんも、一緒に乗るだろう?」
「うん。そうするよ」
ボクは生返事を返した。彼のいうUFOというのは、この間隣の県に降りて来た宇宙船のことだろう。どういう訳か地球に着陸した未確認飛行物体から降りて来た緑色の宇宙人達は、地球の大気に触れるやたちまち全滅してしまった。今はどこかの軍事施設に匿われているけれど、イナイ君の野望はそれに乗り込んで、宇宙人に代わって地球を征服することらしい。
思えば、なんとも子供らしく荒唐無稽な発想である。けれどイナイ君は真剣だったし、ボクも心のどこかでは彼の野望が叶えられることを願っていたのだと思う。
「分かったよ。悪魔を呼び出して、UFOを取ってきてもらうんだね」
「そうさ。そしたらさ、あいつらに仕返しができるじゃないか。みんなあいつらが悪いんだ。水谷さんのことだってさ」
イナイ君は一度として言葉に詰まることもなく、表情を変えることもなくそう言ってのけた。ボクはそれがつまらなかったけれど、子供心に自分に何が言える訳でないと思ったので、ただ首を傾げることだけをした。
イナイ君はそんなボクの心境なんて何も知らないだろう。そんな彼の笑顔は途方もなく邪悪だった。きっと彼の頭の中では、大空高くUFOの中に乗って、豆粒みたいに見える人間達に、浴びると死んじゃう光線をびびびとばら撒く想像が展開されていたのだろう。
「それで。悪魔に捧げる生贄っていうのは、どういうものが良いんだい?」
イナイ君はそこで少し考えた。少し考えて、それからさらりとこう言った。
「人間とか」
彼はこういう発想をする子供だった。
「じゃあ。ボクかイナイ君が生贄になれば良いんだよね?」
「そうかな?」
「そうだよ。イナイ君が良いよ」
ボクは言って笑った。
「絶対君が良いと思う」
「生贄って、何をするのかな?」
イナイ君は首を傾げた。ボクは自分の語彙力が友人を少しだけ上回っていたことで、愉快になった。
「平気だよ」
ボクは言った。
どうせ何も起こりやしない。そう思ったからだった。
その日、芥川が死んだ。
折り紙で作った風船の中に赤い絵の具を入れて、平べったく握り潰すような光景だった。芥川の頭蓋骨は姿の見えない何者かによって何度も何度も折りたたまれて、中身である脳漿や血肉を廊下に撒き散らす。最終的に芥川の頭はちょうど女の子の拳くらいの大きさになって、ぼろりと首から落ちて転がり、残った体の首の断面からは血が噴き出して天井をぬらした。
そんなことがあったものだから、その日の学校はとうぜん休みになってしまった。ボクらは中学三年生、どの道、授業もなくて自習だらけの時間割だ。とは言え、これから高校入試に挑まなければならない受験生達の精神に、クラスメイトの死亡は良くないニュースだっただろう。
当たり前だが、ボクは受験勉強のことよりもむしろ芥川のことを考えながら、パソコン室の方へと歩いていた。小学生の頃、彼はいじめっ子だった。中学に入ってからは髪の毛を綺麗な金色に染めて、誰からも一メートルずつ距離を置かれながら歯を剥き出しに笑っていたものである。彼について良い思い出はあまりない。ただ一度だけ、落ちた消しゴムを拾ってくれたくらいなものだ。
ボクの中学では昼休みと放課後はパソコン室が解放されている。インターネットの有用性が重要視されているらしいのだが、キーボード入力も禄にできないボクには関係なかった。芥川の体液が残る廊下を意図的に避け、誰もいないパソコン室に辿り着くと、ボクはいつもの席に座って日課となっているマインスイーパーを起動した。
マインスイーパーをクリアできる奴は頭が良いと思う。このようにどうでも良い自己実現は、受験の後に回した方が良いことはボクにも分かっているのだが、だからなのか放課後になるとボクの足はこのパソコン室に向かってしまいがちだ。だが毎日のその努力も実らず、何千回と言う挑戦の中でボクは初級すらクリアできずにいる。
幼い頃、ボクは良く知恵遅れだと見なされたものだが、もしかしたらそれはそのとおりなのかもしれない。例えばボクの古い友人のイナイ君なら、初級なら十秒たらずの記録を持っているし、上級だってがんばればクリアできる。オセロでも将棋でもカードゲームでも、ボクはイナイ君に適わなかった。
「奈須川さん?」
今日十七回目の地雷を踏み付けて、悶々とマウスを握り締めたボクの背後から声がかかった。ボクがびっくりして後ろを向くと、名前も知らない大人の女性がそこにいた。きっと何かの教科の先生だろう。
「どうしてこんなところにいるの?」
「どうしてって」
ボクは返答に迷った。そんなことを訊かれる筋合いはない、というのが本音だったが、彼女の糾弾するような声色がボクの言葉を奪っていた。そんな中で、できるだけ自分の主張を正確に伝えようと、ボクはしどろもどろに努力をすることになる。
「あ、芥川が死んだから、今日はもう授業ないんですよね? そしたら、だから、今は放課後で。だからここにいても良いから、だから」
「みんな帰ってるわよ」
女性はどこか呆れた様子だった。
お陰でボクは察することができた。そうか、芥川が死んで授業が休みになったっていうのに、家で冥福を祈るようなこともせずにパソコン室で遊んでいたりしたら、そりゃあ呆れられる理屈だ。
「奈須川さんだもんね。それじゃ、ここ、閉めるから」
「はい」
ボクはパソコン室を出て、これからのことを考えた。帰って勉強でもしようか。そんな気分にもなれない。ボクは基本的には勉強熱心ではない。時々周りが熱心に勉強をしているのを見て不安になっては、その度に何日間かだけ机に座って満足して、すぐに何もしなくなるということを繰り返している。
じゃあどうしよう。少し考えて、ボクは決めた。
イナイ君の家に行こう。彼はまだ、芥川が死んだことを知らないはずだ。
進級して何週間かすると、教室の人間の頭の上に数字が現れるようになる。クラスの中で、どれくらい人に好かれているか、どれくらいの人に自分の言うことを聞かせることができるか、という力の数字だ。
数字は人によって色々だけれど、一番下の方の人と少し下なだけの人の間にはとても大きな開きがあって、ボクやイナイ君のような人間はいつも、大きく溝を開けられた一番下の人間に属することになるようだった。だから似たもの同士でボクとイナイ君は仲が良くて、イナイ君が学校に来なくなっても交友はずっと続いていた。
イナイ君はとても頭が良かった。小学生の頃から、イナイ君はテレビが映る仕組みや人間が生きている仕組みを知っていた。いつも本を読んでいて、算数が得意で、習ってもないのに、いつも色んな確率を計算して見せたりしてた。彼の言うことはボクには何一つ理解できなかったけれど、けれど、全てがどこかで的外れであることだけは、何と無くだけれど知っていた。
イナイ君の家は町で一番大きなマンションの六階にあった。小学生の頃は、イナイ君に迎えに来てもらわないと、良く部屋を間違えてしまっていたものだが、流石に今ではそんなこともない。
エレベーターで六階に辿り着き、彼の部屋のチャイムを鳴らした。いつもならここで、太った頬を吊り上げてはにかんだように笑う彼が扉を開けて出て来るのだけれど、今日はいくら待っても扉は閉じられたままだった。ボクは首を傾げた。イナイ君が家の外に出るなんて、そんなことはないはずだ。
そこでボクは気付いた。眠っているのかもしれない。こんな朝早くだから、彼には仕方がないことだろう。こんな時、いくらチャイムを鳴らしても彼が起き出さないことをボクは知っていた。
ためしにドアノブを捻ってみると、扉は簡単に開いた。玄関で彼の靴を探すと、いつものように無造作に放り出されていたので、ボクはイナイ君が自分の部屋で眠っていることを知ることができた。
廊下を進む。彼の部屋の前に来ると、いつものような湿った匂いがした。気にしないで中に入ると、ボクの目に飛び込んで来たのは大きな黒い檻の中に閉じ込められた、綺麗な女の子だった。服を着ていない裸の彼女は、きっと十歳くらいだろうとボクは検討をつける。柔らかそうな栗色の髪に、シルクのような肌。大きいだけでなくつぶらな瞳。奇跡のように可愛らしいので、ボクはこの少女が人形なんだと思った。
イナイ君はネットショッピングというのを使って、家にいながら色んなものを買うことができた。大きな檻と小さな女の子の人形を買って来て、今度はどんな儀式を行うつもりなんだろう。とてもじゃないが、ボクに想像ができることではなかった。
イナイ君はどこだろう、ボクは部屋を見回した。机の上には食べかけのカップヌードル。カレー味のパッケージだ。ベッドで寝ている訳ではない。床に散らばった本の中に埋まっているようなことも当然なく、さもなくば天井からぶら下がっているのではないかと考えたが、もちろんそんなこともなかった。
「この部屋の主人なら、今はおらぬ」
風鈴を鳴らすように透き通った声だった。
「どこに行ったのかはてんで見当が付かぬ。ところで貴様、少し手間だがそこに置かれている黄色の容器を、この檻の隙間から渡してくれたらありがたい。あの人間があまり美味そうに食べるのでな。私も欲しくなったのである」
無表情なその口調。人形が喋った。ボクは一瞬だけ驚きそうになったが、すぐに思い直した。この子が生きている女の子だとすれば、それは何もおかしなことではない。ボクはカップ麺の容器を女の子に渡しながら、自分でも間抜けなことを訊いたと思った。
「あなたは人形ではありませんか?」
「そうではない。私は天使である」
女の子はカップ麺を手に取ると、中に手を突っ込んで麺をつまみ出して、口に入れた。どこか眠たそうだった無表情が、明るく甘やかな笑顔に変わる。舌鼓をうつように「うむ」とうなずいて、嬉しそうな声で言った。
「実に美味いのである。この美味さを表現する言葉を私は持たぬ。万能たる私にそれができぬということは、人間の言葉の方に問題があるということになる。すなわち人間は、己の言語能力を完全に超越した美味さの食品を作ってしまったということになるのか。言語能力とは、すなわちその生物の思考力、器の大きさである。驚きと感動が許容量を超え、理性的な対処を全て失ってしまった時、人は絶句した、という状態になるのだ。これは非常に危険なことである。このカップ麺一つに、ヒト族は理性を失い、文明を崩壊させてしまうやもしれん。それは貴様らにとって些細なことではないだろう」
「あの。ごめんなさい」
女の子が良く分からないことを言い出すので、ボクはそれを制して
「あなた、天使なんだよね」
「うむ。如何にもそのとおりである」
女の子は荘厳に頷いた。とても、十歳そこらの少女がする仕草とは思えなかった。
「貴様が訊きたいことは分かる。何故、天使がこのように地上に降りて来て、しかも檻の中に封じられているのかという、そういうことであろう。私は実はあまりその問いに答えたくはないのだが、まあ良かろう。誰かに話し相手になってもらう時に、意味も無く恥を渋るのは無礼だというものだ」
一息でそこまで話して、女の子は一度息継ぎをすると
「我々座天使の仕事は、貴様ら人間でいうところの農業に似ておる。遊牧でも良かろう。まず環境を整え、種を巻いて育て、引っこ抜いてから売り払う。私は数千年前より、貴様らが宇宙と呼んでいるこの畑を仲間から引き継いだのであるが、少し様子のおかしな作物を見付けてな。ついつい様子を見ようと手を伸ばしたところ、その手を取られ、引きずりこまれた挙句このようにして捕らえられてしまった。まったく部下に合わせる顔がない。いくらか嘲笑されるのを覚悟せねばならないだろう」
言い終えてから女の子はふたたびカップ麺に手を伸ばした。心のそこから幸せそうな顔をする。「だがしかし」女の子はカレー色の手を
「このように美味なるものを口にできたのだから、ここに来て捕らえられた甲斐もあったというものかもしれぬ。物事は前向きに考えるべきである。この地球のようにちんけなところで、背筋が凍るように邪悪な鉄檻の中に囚われてしまったからには、それなりの幸福を見付けてそれを堪能するべきである。のんびりとした気持ちでいれば、どんな環境であってもそれなりに幸せでいられるものだ。そうは思わぬか?」
「違うと思うよ」
ボクは言った。
「あなたより幸せな人は、きっといる」
「なるほど。幸福とはしょせんは相対的なものだということだな。しかし人間よ、そのような考え方は、貴様らの悪い癖だ。比べることに意味は無いのである」
女の子はカップ麺を食べ終わりながら言った。「しかしそれにしても、これよりも美味いものはおそらくこの世に存在しないのである。巷ではこれの中毒者が溢れていることだろう。貴様もそうか?」
「いいえ」
ボクは首を振った。
「もっとおいしいものを知っているから」
「なるほど。それは道理である。是非食べてみたいものだ」
女の子は言った。
「ところで。貴様は何の用があってここに来たのであるか? この部屋の主に伝えることがあるのであれば、私が伝えておいてやるぞ」
「あなたはイナイ君にそこに閉じ込められているんだよね?」
「如何にも。それがあの者の名前であるか」
女の子は少し考えるようなそぶりを見せて
「貴様は虫かごに虫を飼ったことはあるか? だとすれば、こんな経験もあろう。かごの中の虫が珍妙な動きをしているのを見て、病気などにかかったのではと心配して中に手を伸ばした。すると中の虫にその手を噛まれてしまい、虫の顎が疲れてその力が緩むまで、カゴに手を突っ込んだままでいなくてはならなくなった。私はそのような状況にあるのである」
肩を竦める仕草。
「まったくあっぱれな人間である。仮にも私は座天使であるぞ。この全宇宙を管理しているのだ。そのように偉大なる私をその口に捕らえ、しかもその私を部屋に残してどこかに消えてしまったのである。前代未聞としか言いようが無い。こんなことがあるから、この世界はおもしろいのであるな」
女の子は無表情のままそう言い切って
「話がそれた。すまぬ、悪い癖だ。貴様は何の用があってここに来た? この部屋の主、イナイ君とやらの不在の原因の一端を、私が担っている可能性は非常に大きい。私のように強大な存在を部屋に置いたのだ、あの者にも自分の目的の為、しなくてはならぬことが多いだろうからな。ならばその責任を取り、私は貴様の気がすむようにしてやっても良い。どれ? 何でも願いを言うが良い」
「イナイ君に伝えて欲しいことがあるの」
ボクは言った。
「芥川が死んだ。これを言っておいて」
「ふむ。芥川が死んだ、だな。承知した。しっかりと記憶しておこう」
「それともう一つ」
私は女の子に向かって指先を立てて見せた。
「こう訊いておいて。芥川を殺したのは、あなた?」
「承知した」
女の子は無表情で答えた。
「芥川を殺したのは貴様か、と訊けば良いのだな。確かに承った。安心するが良い」
言うので、ボクは安心して部屋を出た。もうここに用はない。家に帰ればお昼ご飯でも食べよう。
そう思った。
読了ありがとうございます。
訳分かんなくてすいません。




