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母を焼かれた魔女の娘は、チャラ男錬金術師と村を滅ぼしました

作者: 大棗ナツメ
掲載日:2026/03/08

 母が魔女として焼かれた日、村人は笑っていた。


「母さまっ! いやあぁっ!」

 ユリアナの叫びは、村人たちの歓声にかき消された。

「魔女だ!!」

「焼き殺せ!!」

 広場の中央では、母が木に縛りつけられ、火にかけられている。


 パチパチと薪が爆ぜる。

 炎はあっという間に母の体を包み込み、その姿を歪めていく。

「どうして……っ!」

 ユリアナは泣き叫ぶ。

 だが、誰もユリアナのことなど気にしない。


「……ユリアナ、どうか……逃げ、てっ」

 母は火に焼かれながら、掠れた声でそう言った。

「いやっ! 母さま、お願い……っ!」

 そう言った時、母の首がガクリと落ちた。

「……っ!」

 ユリアナはその光景に、ペタリと地面へ座り込んだ。


「わぁぁ、魔女を成敗したぞぉ!」

 先日、野菜をお裾分けしてくれた隣家のおじさんが叫ぶ。

「ざまあないね」

 そう言って唾を吐いたのは、ユリアナの友人の母親だった。


「どうして? どうして、こんなことに……」

 ユリアナは涙を流しながら、真っ黒になった母を呆然と見つめた。


 ユリアナを優しく撫でてくれた手は、だらりと落ち、抱きしめてくれた胸には焦げた髪が張り付いている。


 そこには、もう母の面影はなかった。


 ********


 ユリアナは久しぶりに家を出て、村を歩いていた。

 母の死後、外へ出る気になれず、ずっと家にこもっていたのだ。


「ぐぅぅぅ」

 腹が音を立てた。

(お腹すいた)

 ユリアナは立ち止まり、空を見上げる。

 そこには、いつもと変わらない青空が広がっていた。

 そう――本当ならば、今日も変わらない日常のはずだった。母がいないことを、除けば。


「何か、食べ物……」

 ユリアナは村で唯一の商店へ向かった。

 幸い、薬師をしていた母はユリアナに少しばかりの金を残してくれていた。当面の生活には困らないだろう。


(母さま……)

 ユリアナは服の袖で目を拭うと、銅貨を握りしめ、商店のドアを叩いた。

「アンおばさん、パンをください」

 パンは、いつもこの店で買っていた。姉御肌で人のいいアンは、いつもユリアナに「おまけだよ」と言ってクッキーをくれるのだ。


 アンがカウンターに座っているのが見えた。

 だが、その目はユリアナを見ていなかった。

(気付いてない?)

 ユリアナはもう一度、声を掛けた。

「アンおばさん、パンを一つお願いします」

 そう言い、いつものようにカウンターに銅貨を三枚置いた。


 その時、アンの顔が歪んだ。

 嫌悪と恐怖が入り混じったような表情だった。

 そして、アンはその銅貨を掴むと、勢いよくユリアナに投げつけた。

「帰っとくれ!! 魔女の娘に売るモノはないよ!」

 ものすごい剣幕だった。

「え……」

 ユリアナが呆然としていると、アンは手元にあったインク壺を掴み、今度はそれを投げつけてきた。


 ――ゴンッ。

 鈍い音を立てて、それはユリアナの額にぶつかった。

 ユリアナの視界に、赤い筋が垂れてくる。

「穢らわしい! 二度と来るんじゃないよ!」

 アンはそう吐き捨てると、ユリアナを外へ押し出し、そのままドアを乱暴に閉めた。


 勢いのまま地面へ倒れ込んだユリアナは、なんとか上半身を起こす。視界は赤く滲んでいた。

「……何が、起こってるの」

 頭が追いつかない。

 呆然と座り込んでいると、村の子供たちがやってきた。いつもユリアナに追いかけっこをねだってくる子たちだ。

「魔女の娘だ!」

「うわっ、汚ね! 血を流してるぞ!」

 そう叫ぶと、子供たちはユリアナに石を投げつけた。


「痛っ……やめて!」

 ユリアナはなんとか立ち上がり、走った。

 走って、走って、村の外れまで来た。そこには、幼馴染のトマスが畑仕事をしている姿が見えた。


「……トマス」

 ユリアナは小さく呟いた。

 昔から一緒に育ち、いつもユリアナを守ってくれていたトマス。ユリアナも、彼が自分に好意を寄せていることには薄々気づいていた。

(そうだ……トマスなら……!)


「……ユリアナ」

 トマスもユリアナに気づいたのか、クワを片手にこちらを呆然と見ている。

「トマス、トマス! 村のみんながおかしいの!」

 ユリアナはトマスに駆け寄り、必死に訴えた。


 だが、トマスは俯いたまま何も言わない。

「……トマス?」

 トマスは周囲を見回し、小さな声で言った。

「ユリアナ、家から出るな」

 その声は震えていた。

「……どうして?」

「いいからだ!」

 トマスは怒鳴った。

 だがその目は、ユリアナを見ていなかった。

「そんな……」

 ユリアナは言葉を失った。


 *******


 その日から、ユリアナの日常は一変した。

 優しかった村のおじさんに、おばさん、友人達はユリアナを「魔女の娘」と呼ぶようになった。


(もう、何日食べていないだろう)

 ユリアナは足を引きずるように山を歩いていた。村では、食べ物を調達することは不可能だったからだ。

「何か、食べ物を……」

 木の実を探し、木々の間を彷徨う。


 その時、何か棒のような物が木に立てかけられているのが見えた。

(なに……?)

 嫌な予感がしたが、ゆっくりとそれに近づく。

 一歩、また一歩、進む度にそれは鮮明になってきた。

 焼け焦げた黒い杭には、何かが括り付けられていた。その周りにはカラスが群がっている。

 ーー母だった。


「……っ」

 ユリアナは口を押さえた。吐き気が込み上げてくる。

「そんな……母さまっ!」

 悲痛な声で叫ぶと、ユリアナは棒に括り付けられた母の縄をほどいた。

 その途中で焦げてささくれだった木が、ユリアナの手にいくつも刺さった。それでもユリアナはやめなかった。


「母さま、母さま……っ」

 涙で視界がぼやけた。

 なんとか、母の遺体を地面に下ろす。

 そして、昔よく遊んでいた泉の側にそれを埋め、傍らに座り込んだ。

「母さま、私……もう、どうしたら……」

 ユリアナは膝を抱えて、その中に頭を伏せた。

 いつまでそうしていただろうか、雨がパラパラと降り始めた。

 冷たい雨は容赦なくユリアナの体を打つ。


 ユリアナは、ふらりと立ち上がった。そして、そのまま村を見下ろす崖に出た。

「もう、母さまの側に……行きたい」

 ユリアナは一歩、崖に踏み出した。

 そして、また一歩。

 あと数歩で全て終わる。

 そう思った瞬間ーー後ろから声がかかった。


「あっれー? 死ぬの?」

 それは緊迫感のない軽い声だった。

 ユリアナがゆっくりと振り向くと、そこには、黒いマントを頭から被った男がいた。


「……」

 ユリアナは、無視してまた足を踏み出す。もう答える気力もないほどに疲れ切っていた。

 あと一歩で、全てが終わる。

 ユリアナが崖の際に立ち、村を見下ろしていると、また男が声を掛けて来た。


「あと一歩だね。どうする?」

 やはり、この場にそぐわない軽い口調だった。

「……一体、なんなんですか」

 ユリアナは掠れた声で男にそう問いかけた。

「いや、死ぬの躊躇してそうだったからさ」

 まるで、ユリアナを煽るような言い方だった。

「……こう言う時、普通の人なら止めません?」

「いや、俺には関係ないし」


 強い風が吹き、雨粒が頬を叩いた。

 男のマントがバサリと風に揺れ、その顔が顕になる。

 長い金髪を後ろで束ねた、青い瞳の男だった。軽薄そうな口調とは裏腹に、どこか品のある整った顔立ちだった。


「もう、あっち行って下さい」

 ユリアナは崖から村を見下ろしながら、かすれた声でそう言った。

「あんたが"魔女の娘"?」

 男は遠慮もなくズケズケと尋ねる。

 ユリアナは男を無視して、足を進めようとした。


 すると、男が低い声で言った。

「母親の無念も晴らさずに、死ぬのか?」

 男の雰囲気が変わったことに驚き、ユリアナはハッと振り向いた。

「あんたは、それでいいの?」

 男の青い瞳がユリアナを射抜くように見つめていた。


「……いいわけ、ないでしょ」

 ユリアナが小さく呟いた。

「でも、私に何ができるって言うの!?」

 ユリアナは声を張り上げた。

 突然母を奪われた怒り、急に変わった村人たちへの恐怖——

 そのすべてを、見知らぬ男にぶつけるように。


「もう……放っといて」

 力無くそう言うと、ユリアナはまた崖に向き直った。

 雨はさらに強くなり、頬を濡らす。

 すると、すぐ横で声がした。

「……へぇ、本当に死ぬんだ?」

「えっ?」

 驚いたユリアナは振り向こうとしたーー

 が、できなかった。男は顔が触れそうなほど、間近に立っていたのだ。

「な……っ、なに」

 ユリアナが距離を取ろうと後ろに一歩下がった。

 ーーガラッ

 後ろの崖がわずかに崩れる。


 男はすかさずユリアナの腕を掴み、目を覗き込むように近づいた。

「どうする? ここで、俺が手を離したら、あんた死ぬけど」

 ユリアナはヒュッと息を呑んだ。

 そのまま無言で固まっていると、男が言った。

「じゃあ、離すね」

「……え?」

「バイバーイ」

 そう言い、男は手の力を緩めた。ユリアナの体が少し傾く。

「……っ! 待っ、待って……」

 ユリアナは必死で男の腕に縋りついた。

 すると、体がグイッと引っ張られた。


 ユリアナは、雨で濡れた草むらに倒れ込む。

「はぁ……っはあ……」

 地面についた、ユリアナの手は震えていた。

「なんだ、あんた死にたくないんじゃん?」

 男は笑いながら、そう言った。

「あ、あなたねぇ……っ!」


(危なかった、本当にもう少しで落ちる所だった)

 ユリアナはバクバクと打つ胸を押さえた。

「あんた、悔しくないの?」

 男は淡々と問いかける。

「母親を殺した連中を、のうのうと生かしとくの?」

 ユリアナはハッと顔を上げた。


 男はゆっくり近づき、息がかかるほどの距離まで来て言った。

「復讐、したくない?」

 男の青い瞳が、ユリアナを捉えて離さない。

「……っ」

 ユリアナは息を呑んだ。

 沈黙が落ち、草を打つ雨音だけが響いていた。


 やがて男は肩をすくめて言った。

「ま、死ぬなら好きにすればいいけどさ」

 そう言い背を向け、歩き出す。

「……ただ」

 男は振り返らずに続けた。

「母親が本当に魔女だったかどうかも分からないまま死ぬのって、結構ダサくない?」

 ユリアナの肩がびくりと震えた。


 そして、絞り出すように言う。

「……母さまは、魔女なんかじゃない」

「へえ」

 男が振り向いた。ユリアナをじっと見つめ、口角をわずかに上げる。

「いいね、そういう顔する女、嫌いじゃない」

 そして、少し声を落として言う。

「あんたの母親だけど、なーんで魔女にされたんだろうな」

 ユリアナは言葉を失った。

 そのことを、考えたことがなかったわけではない。

 けれど――考えるのが怖かった。


 男はユリアナの表情を見て、ふっと笑った。

「知りたい?」

「……」

 ユリアナは黙ったまま拳を握る。


 男はポケットに手を突っ込むと、何かを取り出した。

 それは、親指ほどの金の塊だった。

 それを親指で弾く。キン、と軽い音が鳴った。

 空中で回転する金を、男は器用に受け止める。

 そして、ユリアナに差し出した。

「……え?」

「金」

 ユリアナは首を振った。

「い、いりません」

「遠慮すんなって」

「そういう問題じゃ――」

 男はククッと笑った。

「安心しろ。本物じゃない」

「……え?」

「偽物の黄金」

 男はあっさりと言った。

「俺が、錬金術で作った」

 ユリアナは思わず男の顔を見た。

「錬金術……?」

「そ」

 男は軽く顎を上げる。

「俺はロイ。錬金術師」

 そう名乗ると、金を指でくるくる回した。


「ま、要はこの金と同じさ」

「同じ……?」

「魔女裁判ってのはな、だいたい偽物だ」

「偽物……」

「誰かが死ぬ裏で、誰かが得してる」

 ロイは宙を睨んで言った。

「俺も、昔そうだった」

 聞き取れるか聞き取れないかくらいの小さな声で、ロイは呟く。

「魔女って言葉で、全部奪われた」

「え?」

 ユリアナが顔を上げた時には、もうロイはいつもの軽薄な笑顔に戻っていた。


 ロイは指を一本立てて言った。

「さて、問題。あんたの母親が死んでーー」

 少し間を置く。

「誰が得をした?」

 ユリアナは目を見開いた。

「……そんなの、分からない」

 か細い声で答える。

「なら、引っ掛けるだけだ」

 ロイは笑いながら、金の粒を宙に放り、器用に掴んだ。


 *******


「よーく、村人の顔を見ておけ」

 ロイはユリアナに言うと、錬金術ショーを始めた。

「さあさあ、皆さん! 今からこの銅を金に変えるよ」

 ユリアナは助手と偽り、黒いマントで頭から体を覆っている。


「なんだ、なんだ?」

 見せ物など、めったに来ない村の人達は、錬金術を見ようと広場に集まって来た。

「注目ー! このただの銅、これがなんとーー」

 ロイはそう言うと、坩堝るつぼに銅を入れその上から液体をかけた。

 すると、透明な液は瞬く間に青く反応し、銅は金色に輝き出した。


 ロイは指で金を摘み、村人に見せびらかした。

「はい、金の出来上がり〜」

「これはすごいな!! あっという間に金になったぞ」

 村人たちは興奮し、前のめりになって見入っていた。

 その時、興奮した男がユリアナにドンっとぶつかった。

 ユリアナのフードがはらり、と落ちる。


「……なっ! 魔女の娘だ!」

 村人達はユリアナを見て、目を見開いた。

 そして、その表情は段々嫌悪に歪んでいく。

 男が石を掴んだ。

 ーーヒュッ

 ユリアナ目掛けて石が飛んできた。

「……っ!」

 痛みを覚悟し、ユリアナは目をぎゅっと閉じる。だが、痛みは一向に訪れない。

 ゆっくり目を開けると、そこにはロイが立っていた。


 石はロイの肩に当たったようだ。

「……チッ」

 ロイは舌打ちをした。

 そしてユリアナの肩を引き寄せ、自分の背中に隠す。

「女一人に、石投げて楽しいか?」

 鋭い青い瞳が、投げた男を逃さない。男は息を飲み、顔を引きつらせている。

「い、いや、わ、わざとじゃないんだ……」

 男は口ごもりながら、そう言い訳をした。


 その時。

「ぜひ、その錬金術を頼みたい」

 手を上げ、前へ出てくる者がいた。

 ふくよかな体に、顎には髭を蓄えている。

 村長だった。


 ロイはニヤリと笑い、息だけで呟く。

(釣れた)

「これはお目が高い!」

 わざとらしく言うロイに、村長は真剣な顔で答えた。

「ああ、村のために活用したいんだ」

 村長はそう言うと、顎髭を撫でた。

 村人たちは、「さすが村長だ」と頷き合っている。

 その言葉に、さらに気をよくした村長は言った。

「ここではなんだ、今から私の家へ来てくれ」


 村長宅へ招かれたロイとユリアナは、応接室へと通された。

 そこには、金縁に入った絵画や高価そうな骨董が飾られていた。

 村長はチラリとユリアナを見て、一瞬嫌な顔をした。

 しかし、すぐに取り繕うようにロイに笑顔を向けて言った。


「さて、本題だが」

 村長はソファに腰掛けながら切り出す。

「この村は、今財政難でな」

 そう言うと村長は、ため息をついて見せた。

「それはそれは……では、私がお役に立てるかもしれませんね」

「ああ、ぜひ君の力を借りたいんだ」

 村長は目を輝かせて、頷いた。

「ところで、この装飾品は実に見事ですね」

 ロイが応接室の中を見渡して、村長に言った。

「あ、ああ。ただの貰い物だ」

 村長は焦ったように答える。

「では、明日までに用意してもらいたい物があります」

 そう言うと、ロイは村長に何やら耳打ちした。


 村長宅を後にして、ロイが呟いた。

「あいつ、横領してるな」

「えっ横領……!?」

 ユリアナは目を見開く。村では、村長は人格者で知られていたからだ。

「で、ショーに来てなかった奴は誰だ?」

 ロイが早口で問う。

「え?」

「小さい村だ。分かるだろ」

「え、ええ」

 ユリアナは村人の顔を一人ずつ思い出して言う。

「えーと、ジョンおじいさんは歩けないし、ミーナさんは病気だから来てない、それと……」

 言いかけた瞬間、ロイが遮るように言った。

「病気の奴はいい。健常なのに来てなかった奴だ」

「それは……」

 ユリアナは考え、一人の名前が浮かんだ。


「そいつ、あんたの母親の火刑にも来てなかったんじゃないか?」

「……っ!」

 ユリアナはハッとした。


 *******


 その後、ロイは金を振る舞うと村中に触れ回った。

 その結果、村人達は村の広場に押しかけていた。

「はーい、並んでくださーい」

 ロイは我先にと手を伸ばす村人を制しながら言った。


「これで、全員集まったか?」

 ロイはユリアナを振り返り、小声で問う。

「村長と、あと一人……以外は」

 その言葉に、ロイはニッと笑った。

 そして、おおげさに言った。

「おおっと、しまった! ついうっかり金を置いてきちまった」

「ええ! なんだそれは」

 村人達から一斉にブーイングが上がった。


 ロイは手を上げ、村人たちをたしなめるように言った。

「心配ご無用。金はある場所にある」

「どこだ……!?」

 村人たちは固唾を飲み、次の言葉を待っている。

「着いて来れば分かるさ」

 そう言うと、ツアーの添乗員のように、ロイは先頭を歩き出した。

「はーい、こっちですよー」

 村人もゾロゾロとロイに続く。

「ほい、到着」

 着いた先は村長宅だった。


「村長の家じゃないか。本当にここに金があるのか?」

 村人達は首を傾げて口々に言う。

 ロイは村長宅の扉を叩いた。

 すると、待ち侘びていたかのように笑顔の村長が顔を出した。

 村長はロイの後ろに並ぶ村人たちを見て、一瞬ギョッとした。しかし、すぐに笑顔を貼り付けた。


「お願いした物は用意できましたか?」

 ロイが村長に笑顔で問う。

「ああ、言われた通り、今買える限りの銅を買ってきた」

 村長は頷き、玄関に置かれた大量の銅の塊を指差す。

「さすが、仕事が早いですね」

 ロイは満足そうに頷いた。

「なぁに、村の為じゃ。じゃあ、これを金に……」

 村長は笑みをこらえながら言った。

「わかりました。では」

 そう言うと、ロイはショーで作った金の塊を取り出した。そして、バシャッと液体をかける。

 すると、その金はみるみる銅に戻った。


「ど、どういうことだ!?」

 村長が目を見開いた。

「はっ、銅が金になるわけないだろ。どこまでいっても銅は銅だ」

 ロイは鼻で笑い、少しバカにするように言った。

「な、なんだと!?ワシは大枚をはたいて銅を買ったんだぞ!!」

 村長は怒りにぶるぶる震えながら叫ぶ。

「はて? 財政難の村のどこにそんなカネがあったんだ?」

 ロイがとぼけたように言う?

「……っ!」

 村長は息を呑んだ。

「お前、村のカネ横領してんだろ」

 ロイが村長を見据えて淡々と言った。

「そして、ユリアナの母にバレそうになって魔女にした」

 ロイは淡々と言う。

「な、なにを……!」

 村長は焦った様子で言葉を詰まらせた。


 その様子に、村人達はざわつき始めた。

「村長が横領?」

「しかも、ユリアナの母親を魔女にした?」

「……そういえば、魔女だと言い始めたのは村長じゃなかったか?」

 一気に風向きが変わり、疑いの目が村長に向く。


「ち、ちがう、ワシじゃない」

 村長は一歩後ろに下がった。

「ユリアナの母親が魔女だと密告したのは、トマスだ」


 村長の口から出た名前に、ユリアナは目眩がした。

「そんな……そんなわけ、ない」

 信じられず、ぽつりと呟く。

「じゃあ、確認すっか!」

 ロイはそう言うと、スタスタ歩き始めた。


 村の外れまで来ると、畑に人の姿が見えた。

「へぇ、真面目なことだな」

 ロイがトマスに声をかけると、トマスはチラリとこちらを見た。

「なんだ、お前は……」

 トマスはユリアナを見た後、隣のロイを睨む。


「あんた、火刑の時どこにいた?」

 ロイは目を細め、問いただすように言った。

「……畑仕事をしていた」

 トマスは小さな声で答えた。

「それは、おかしいな。好きな人の母親が火刑になるってのに」

 ロイは楽しそうに言った。

「……っ」

 トマスはロイを睨む。


 そして、ロイは何かに気づいたかのように、口角を上げた。そして、指摘する。

「あんた、そのクワ、やけに大事に持ってるな」

「……なっ、なんなんだお前」

 トマスはクワを背に隠すように握りしめる。

 ロイはズカズカと進むと、クワを取り上げた。

「や、やめろ……っ!」

 トマスが取り返そうと腕を伸ばすが、ロイはその腕を掴む。

「あっれー? この手どうしたんだ?」


 トマスの手のひらには、無数の焦げた木片が刺さっていた。

 ユリアナはハッとして、自分の手を見下ろす。

 ――同じだった。母を焦げた杭から下ろすときに刺さった木片と、まるで同じものだった。


「へえ」

 ロイはトマスの手を見て、にやりと笑った。「これは驚いた」

 ロイがおどけたように言う。

「な、何がだ」

 トマスは必死にロイの手を振り払う。

「焼けた杭の木片だろ、それ」

「……」

 トマスの顔がわずかに強張った。


「あんた、火刑には行ってないんじゃなかったっけ?」

 ロイは首を傾げて、トマスを見た。

「行ってない!」

 噛み付くようにトマスが叫んだ。

「ふーん、じゃあこれはどう説明する?」

 そう言うと、ロイはグイッとユリアナの手を引っ張った。

「わっ」

 反動でユリアナは、ロイの胸に倒れ込みそうになる。

「母親を杭から外したのは、今日だよな?」

 ロイはユリアナの手を見ながら、確認するように問う。

「……ええ、そうよ」

 ユリアナは、はっきりと頷いた。


「つまり、だ」ロイはトマスをじっと見つめる。

「あんたは、それより前に杭を触ってるってことだ」

「……」

 トマスは無言のまま、視線を逸らす。

「火刑の杭なんて、普通は触らない」

「でもあんたは触った」

 そう言うと、ロイはユリアナの肩を抱いた。そして、わざとらしいほど近くに引き寄せる。

「ふぅん」

 ロイはトマスを見て笑う。

「あんた、この女のこと好きなんだ?」

 そう言うと、ロイは唇をユリアナのこめかみに軽く当てた。

 ユリアナの胸が、ドクンと鳴った。


 すると、トマスがものすごい形相でロイを睨みつけ、叫んだ。

「ユリアナを離せ!」

 その声に、ユリアナはビクッと体を震わせた。

「……トマス?」

 いつも穏やかなトマスのこんな表情を見たのは初めてだった。

 その目つきに恐怖すら、感じた。

「ふっ、何を焦っている?」

 ロイはそう言うと、挑発するかのようにユリアナをさらに抱きしめた。

「くそ……っ、お前のせいで計画が台無しだ!」

 トマスはダンッと足を踏み締める。

「……計画? それじゃあ、本当にトマスが母さまを……?」

 ユリアナは目を見開いてトマスを見た。

「ち、違う、違うんだユリアナ」

 トマスはユリアナの腕を握り、焦ったように言う。


 そして、静かに顔を上げ笑って言った。

「ユリアナ、全部お前のためだよ」

 そう言ったトマスの声は、吐き気がするほど甘ったるかった。

 ユリアナはその声に、背筋がぞくりとした。

 その時。

「その汚ねぇ手、離せよ」

 ロイがユリアナを引き寄せた。

「チッ」

 トマスは舌打ちをして、ロイを睨んだ。


「トマス、どういう、こと……?」

 ユリアナは理解できず、ただ呆然と口を開いた。

 トマスはそんなユリアナを愛しそうに見つめ、優しく言った。

「俺は……ただ、お前と一緒になりたかっただけなんだよ」

 ユリアナの呼吸が、一瞬止まった。


「なのに……なのに、お前の母親は、結婚を反対した! ユリアナに近づくなと!」

 拳を握りしめ、トマスは叫んだ。

「あの女さえ、いなければ」

 俯き、ギリギリと歯を噛むトマスの姿に、ユリアナは背筋が凍るのを感じた。

「俺が、守るつもりだったんだ」

 トマスは悔しそうに呟いた。

「守る……?」

 ユリアナは震える声で聞き返す。

「ああ、ユリアナ。お前は弱い」

 トマスは優しい目でユリアナを見つめる。

 だがその瞳の奥は、異様な熱を帯びていた。

「母親が死んだら、きっと俺を頼るだろ?」

 そう言ったトマスの目は、完全に狂っていた。


「そんなことで……」

 ユリアナは俯いたまま、震える声で呟く。

「それだけの為に、母さまが魔女だって、嘘をついたの!?」

 ユリアナは怒りに任せて叫んだ。

「……い、いや、それは」

 トマスは目を逸らしたーーそれが答えだった。

 ユリアナの胸の奥で、何かが静かに壊れた。

 そして、吐き捨てるように、小さく呟いた。

「……最低」


「違う! お前のためだったんだよ!!」

 トマスはユリアナに縋りつき、必死に叫んだ。

「ユリアナ、お前には俺が必要なんだ!」

 そして、優しいいつものトマスの顔で、ユリアナに手を差し出す。

「なぁ、ユリアナ」

 愛おしそうにユリアナを見つめ、続ける。

「俺と結婚しよう。俺がずっと守ってやるから」


 ――ガッ。乾いた音が響いた。

 トマスの頬が横に弾ける。ユリアナの拳が、力強く振り抜かれたのだ。

「触らないで!」

 トマスはそのまま地面に転がった。

「あなたは、私を守っていたんじゃない」

 ユリアナが叫んだ。

「私を服従させて、いいようにしたかっただけよ」


「気持ち悪い」

 その一言でトマスの顔が歪んだ。


 ロイは少しだけ目を見開いた。

 こんな状況でも、泣き崩れるのではなく拳を振り抜く女は初めてだった。

 ロイが、ふっと笑った。

「よく言った」

 その手で、ユリアナの頭をポンと優しく撫でる。


 そして、ロイはトマスを睨みつけて言った。

「お前、見る目ないな」

 それは、地を這うような低い声だった。

「こいつ、俺より強いぞ」

 ユリアナを見つめ、ロイは続ける。

「崖から落ちそうになっても、ちゃんと生きることを選んだ」

 その言葉に、ユリアナは胸の奥がはじんわりと熱くなる。


 ロイはユリアナを見る。

「で、こいつどうする?」

 ユリアナはしばらくトマスを見ていた。

 昔から一緒だった幼馴染。守ってくれると思っていた人。

 でも――

 もう、そこには何も残っていなかった。


「隣の街の教会に突き出しましょう」

 静かに、しかし迷いのない声で告げる。

「魔女の嘘の密告は、罪になるはず」

 ロイはニヤッと笑う。

「いいね、それ」

 その声を聞き、トマスは必死にユリアナに縋る。

「ユリアナ! 待ってくれ、頼む!!」

 だが、もう彼の言葉は届かない。ユリアナの瞳は冷たく、揺るがなかった。

 トマスは、いつまでもユリアナの名を叫んでいた。


 トマスは教会へと連れて行かれた。虚偽の魔女告発は重罪であり、もはや彼を庇う者はいなかった。

 いずれ、彼もまた火刑に処されるだろう――ユリアナの母を焼いたあの火と、同じ炎に。


 村人たちは、ユリアナの目を直視できなかった。あれほど石を投げつけた手は、今や震えている。

「……頼む、許してくれ」誰かが地に伏せ、かすかに呟いた。

「ワシらも騙されたんじゃ……」

 しかしユリアナは首を振った。

「いいえ。あなたたちは、間違いなく母を焼いたのです」

 その言葉に、村人たちは俯き、うめき声を上げた。


 その後の村は、まるで地獄のようだった。

 村長の横領が領主に知られ、激怒した領主は村の税を三倍に跳ね上げた。商人たちは村を避け、畑の作物も売れなくなった。

「ユリアナの母を焼いた罰だ」その噂は、村中に瞬く間に広がった。


 ********


 カラスの鳴き声が乾いた空気を裂き、赤い夕日が村を茜色に染めていた。崖の上、ユリアナは母の小さな墓の前に立ち、炎に焼かれたかのように赤く染まる村を見下ろしていた。


「母さま」

 風が草をサワサワと揺らす。

「……仇は取りました」

 ユリアナの頬を、涙が静かに伝った。

(ここから、落ちようとしてたんだよね)

 ユリアナは崖の下の村を見つめる。つい数日前のことなのに、まるで遠い昔のように感じられた。


(もし、あの時会えていなかったらーー)

 目を閉じ、思いを巡らせていると、後ろから軽い声がした。


「終わった?」

 振り返ると、そこにはロイがいた。

「ええ」

 ユリアナは涙を拭い、頷いた。

 サクサクと草を踏み、ロイはこちらに近づいてくる。


「ほい、やるよ」

 ロイが投げてきたものを、ユリアナは手を伸ばして受け取った。

「わっ、なに?」

「金だよ、金」

 手の中で金色に輝く塊を見て、ユリアナは言った。

「……要りません。それに、どうせ偽物でしょ」

「これは、本物だよ」

 ロイは夕日に目を細めながら言った。

「……え」

「あんたには、偽物は似合わない」

 そのロイの真剣な表情に、ユリアナはしばし沈黙した。

 やかて、ユリアナはゆっくりと口を開いた。

「ねぇ、なんであの時、私を助けてくれたの?」ユリアナはロイを見上げて尋ねた。

「似てたから、かな」

 ロイは、呟くように答えた。

「……誰に?」

 その問いには答えが返ってこなかった。

 代わりに、ロイは静かに言った。

「あんたは、死を選ばなかった」

「……?」

 ユリアナは首を傾げる。

「あんたは、強いよ」

 ロイの優しい瞳が、ユリアナをまっすぐに見つめる。

 その言葉に、ユリアナの目の奥がツン、と熱くなった。


「で、次はどうする?」

 夕日に照らされたロイの横顔が、どこか頼もしく見えた。

「え……?」

「復讐は終わった。新しい人生の始まりだ」

 夕日がロイと重なり、眩しく光る。ユリアナは思わず目を細めた。

「そうね……」

 答えに迷っていると──

「ユリアナ」

 ロイが初めて、名前を呼んだ。青い瞳が、まっすぐユリアナを射抜く。

「俺と、来るか?」

「……私」

 ユリアナは少し考えた。

「俺、結構あんたのこと気に入ってるんだけど」

 ロイの瞳には、珍しく真剣な光が宿っていた。


 ユリアナはふっと微笑み、そっとロイの手を取った。

「うん、ついて行く」

 その答えに、ロイはニッと笑った。そして、二人は歩き出した。

「あ、一つ言っとくけど……」

 立ち止まったロイが、少し照れくさそうに言った。

「俺、結構ろくでなしだぞ」

 その言葉に、ユリアナは自然と笑った。

「知ってる」


 ユリアナはもう振り返らなかった。その隣には、ロイがいるのだから。


お読み頂きありがとうございます。


『火刑台の薬剤師』に登場するロイのスピンオフでした。

一番好きなキャラなので、つい書いてしまいました。

本編もよろしければ覗いてみてください。

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― 新着の感想 ―
トマスと村長の愚行で村は薬師とその娘さん失い、滅亡へか。
トマスが気持ち悪い。 この人ロイが来ないでユリアナが冷遇されたままなら、人前でユリアナには話し掛け無さそう。自分が1番っぽいし。 言いくるめて結婚しても、ユリアナを村人から守る為に駆け落ちしたり、…
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