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煙導と、戦った

 約束の時間が来るまでは、あっという間だった。


 登校中も、授業中も、見学中も、

 食事中も、下校中も、入浴中も、

 ありとあらゆる行動の最中、煙導との決戦のことしか考えることはできなかった。所々斜めになっている文字が大量に書きなぐられているノートだけが授業の出席を証明していた。


 ゆっくりと、昨日まで彼女と進んだ道を涼しげな夜風と街灯を浴びながら歩いて進んでいく。


 決戦の時間、23:43。社の前には、煙導が立っていた。


 俺が更に前に進むと、壁代わりの大量の蠅が周囲を覆った。


「ちょうど良い時間に来たのう。一秒でも違えば即座に殺しておったのに。ルールの確認は不要だろう。お互い素手で勝負し、敗北を認めるまで殴り合う。それで良いな?」


「ああ。それで良い。約束通り、俺が勝てば御花の体は返してもらう」


「もう勝った時の話か? 気が早いのぅ」


「なんだ? じゃあお前は負けた時のことしか考えない逃げ腰野郎なのか? それなら悪かった。謝るよ」


「負け犬の遠吠えにしか聞こえんな。ほれ、そろそろ時間だ。構えるがいい」


 セットしたアラームが鳴るまで


 5


 4


 3


 2


 1


 『ピピピ! ピピピ!』


 開始と同時。


 前へ飛び上がり、何回転もの縦回転をし、右のかかとを頭目掛けて振り下ろす。


 蹴りは丸太を蹴った時のような無力感と共に両腕で防がれた。


 すぐさま左足で腕を蹴飛ばして半円の軌道を描いて着地する。


 相手はまだまだ余裕そうだ。 その場で手招きをして挑発をしている。


 走り出し、プロのフィギュアスケーター並の横回転をし、脇腹に左脚をぶつける。


 防がれてはいるものの、体勢は少しだけ崩れている。


 すかさず頭上目掛けて飛び上がり、足で首を掴んでそのまま背中を地面に追突させつつも全力で締め上げる。


 このまま何事もなければ気絶して勝てるはずだ。


 しかしそれは、人間相手の話であった。


 赤子の手をひねるが如く俺の足はあっさりと開かれた。


 振りほどこうとするが、はがれない。


 足にだんだん圧力がかかる。その数コンマ後。


 俺の両足は切り離された。切り離されたというよりも、引きちぎられた。


 神経に回るアドレナリンは痛みが回らない代わりに熱に回っていた。


 再生能力の強化のお陰ですぐさま抜け落ちた足は抜け殻のような扱いに変わった。


 しかし足が生え変わったとしてもすぐに歩けるようになる訳ではない。


 休む暇もないまま襟を掴まれ、蠅に向かって投げられた。


 塵も積もれば山となる。蠅もつどえば壁となる。


 蠅は一切変形せず、壁としての役割を全うし、俺の体に衝撃を加えた。鍵括弧かぎかっこを使うまでもない小さな呻き声が反射的に喉元から出る。


 滲む視界の中、飛び上がってこちらに向かう煙導が見えた。はっきり見えるころには土一面しか見えなかった。


 仰向けで倒れる身体の上に重さが乗る。言わば、マウントの状況に陥っていた。女子に跨られている状況ではあるものの、今この瞬間では性ではなく暴である。


 その言葉は優しいとか、厳しいとかいうものではなく、一般人級とかプロボクサー級のパンチで例えられるものではない。例えでもなく、一発ごとに顔面が吹っ飛んでいた。再生のお陰で元気等倍で頭は戻るがまたすぐに吹っ飛ばされる。


 殴打に続く殴打。応打おうだに対する追打おいうち。強打の猛打。全ての一撃が痛打つうだによる殴殺おうさつ


 もはや時間という概念と俺が死んだ回数はとっくのとうに数えるのを諦めていた。


 そんなことを考えていると、煙導はふと殴るのを辞めた。


「楽しくて無我夢中でっていたが、お前、人間ではないな」


「へっ、今頃気づいたのかよ。そうさ、人間じゃねえ。だからお互い体が朽ち果てるまで勝負は終わらねえ。当然、降参もしねえよ」


「そうか」


 煙導はそう言うと、マウントを取ったまま蠅を集め、俺の四肢に纏わりつかせた。


 蠅は、再生し続ける俺の四肢を喰い続け、喰い続け、喰い続けた。


 顔の破壊と違い、じわりじわりと苦しみと痛みが絶え間なく続く。


「ああああああああああ!!!!!!」


「死なぬ退かぬの秩序の味方と戦い続けても意味はない。そこで永遠に喰われ続け、我様が世界を統治する様子を聞いておるが良い。安心せよ。世界を手中にかけることなど邪魔者が全て居ない我様にとっては簡単この上ない。この少女と出会わせてくれた礼としてたまに顔くらいは見せてやろう。まずはお前の住むこの町の人間を手駒にした土産話を持ってこよう」


 かつて恋に恋する御花くらげという少女だった者はそう言った。


 四肢が動かず、血も止まらず、恐怖も叫びも止まらなかった俺の体に、

 がら空きの背中を見せて歩き出そうとした


 その瞬間


「おやおや。それは確かに簡単だ。だからこそ難題を与えなくてはね」


 階段から俺の知っている。いや、皆が知っていて、皆を知っている女性の声が現れた。


 デスゲームをゲームにする人間。野間野野々。彼女の姿であった。


「お前は...!? 確かに殺したはずだ! 死体をこの目で見た!! なのに何故!!」


「何故か? 何故だって? フフフ。疑問は必要ないだろう? 君は答えを知っているはずだ」


 そう。彼女はとっくに「自身の死」を否定していたのだ。


 彼女は全てを否定する者。戦争を、貧困を、少子高齢化問題を、定期テストの開催という恐怖を否定する者。


 であれば、根源的恐怖でもある死はとっくに否定されているはずだ。


「私はね、死んだら24時に私が死ぬ間際に居た場所で生き返るようになっているのさ。例えその神社が"だったもの"だとしてもね。さて、おしゃべりは終わりだ。そろそろエンディングと行こうじゃないか」


「ま、やめ!!」


「いいかい神様くん『神様は年端もいかない少年少女の隙間に入り込まないんだよ』。」


 そういうと、少女の目から大量の蠅の集まりのような煙が一斉に空に羽ばたいた。


 というよりも、空に羽ばたいたのではなく、見えない歪みに吸収されたのだ。


「嫌だ! 嫌だ! 我様が人を管理しなければ誰が神になるというのだ!!」


「誰でもないよ、神様くん。それとね、これは当たり前のことなんだけど『神話に出る神様が居ないのはみんな死んでいるから』なんだよ。早く君も持ち場に戻り給え」


「嫌だ!! いやだああああ!!!!!」


 最後に巨大な蠅が空に消えた後、御花くらげは地面に倒れて慌てて身体を支えた。


 こうして、俺の戦いは、敗北寄りの勝利という結果で終わったのであった。

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