俺は、相談をした
走った。走った。走った。回転した。足を、車輪を、頭を。心臓が熱くなる。汗がひく。体力と呼吸を前借りして肺が何も感じなく、感じさせなくする。
無我夢中で自転車を漕いではいるが、ただ逃げている訳ではなかった。向かい先は既に決まっていた。野間野野々。野間野さん。野間野先生。とにかく彼女の居る場所に瞳をかっぴらいて向かった。
階段を上る。上る。後ろで放り捨てた俺の自転車が大声をあげていた。ただひたすらに走る。走る。走る。
あれはなんだ?
なんだ?
今そんなことを考えて何になる?
ともかく
ヤバイ
ヤバイ
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ
刃が首に括り付けられているにも近しい感情で俺は彼女に会いに行った。
階段を駆け上がると、本殿でくつろぐ野間野の姿がそこにはあった。
「のののののまままままののののののののの」
早口言葉のように彼女の名前を言おうとする俺に、彼女は俺の口元に指を置いた。
「落ち着きたまえ。そうあせっていては要件もべたついて伝わらない、ゆっくりでいい。私がいる限り君の安全は保障されているのだから」
数分後。心臓と呼吸を落ち着かせながらここまでの経緯を話した。
「なるほどなるほど。思い出したよ。話の経緯的に、そいつは蝿怪煙導だろう」
煙導。元々は千年以上前から活動していた蠅の妖怪で、大量の蠅を使って煙のようなものを出して火事だと思った誰か一人の精神に干渉し、誘導し、寄生する。
「待てよ? 煙導は火事で人をこっちに呼ぶんだよな? でも話の中で火事なんて一度も」
「そう慌てるな。人間が新しい物に適応するように、妖怪もまた適応するんだよ。こいつの目的はオオカミ少年の火災版ではないだろう? 目的は特定の場所に誘導して寄生することだ。誰か一人でも寄生さえできれば方法は問うてないのさ」
確かに、今の時代、火災が起きればまず消防署に通報するだろう。そもそも、危機回避能力が高い現代に一人で誘導されて行く。なんてことはあまりしない。
「だから自分の意志で来させようとするのさ。例え錯覚でも、自分の意志だと感じてしまえば危機感など意味をなさない」
今回の場合。煙導は本で出ていた場所の聖地巡礼という目的を持たせてこちらに来させたのだ。読者の誰かが来るだろうという推定で。
「なんとなくは分かったけれど、どうして本なんだ? というか、元々その本はどうやって?」
「そりゃあ本は大量に頒布出来てなおかつ一人で楽しむものだからね。ライブみたいに大人数が同時に消費する娯楽でもない。だから本なんだろう。元々の本については簡単だ。蠅が本に化けてどんな内容であろうと『この本はとてつもなく魅力的だ。聖地である皆国神社へ行こう』という気持ちにさせているんだろう」
「兎にも角にも、ここからは私の仕事だ。情報提供に感謝するよ。まぁ任せておきな。パパっと問題を解決してくるよ。君は帰ってテスト勉強でもしてると良い」
そう言って彼女は僕の頭を撫でると、鳥居をくぐって階段を降りていった。俺もすぐに追いかけたが、彼女の姿はもうなかった。
恐怖心を持ちながら倒れていた自転車を起こして俺は帰宅した。何を食べたかは覚えていなかった。
翌日。俺はいつもよりも早めに起きて外に出た。起きたというよりも起きていたという方が正しいが。
野間野という安心出来る最終兵器はいれど、まだ不安であった。気持ち早めにしかし交通ルールの範囲内で自転車を走らせていた。
いつもの道を横切り、ふと隣に目をやると。
野間野野々のバラバラ死体が寝そべっていた。
顔は確認できないが、服装と髪で分かる。確かにあれは野間野野々だ
ケガも承知でブレーキを切る。彼女の死体に息が止まらない。声が出ない。心臓が冷めている感覚がする。
あまりの光景に目を逸らした。
逸らした先には、御花くらげの姿がそこにはあった。




