日常は、変わった
放課後、校門前で俺は彼女を待っていた。同じクラスではあるが、彼女と俺とでは人脈には天と地の差がある。
具体的に言うと、帰りに人に話しかけられる数が違う。俺はスムーズに目的地まで到着出来るのに対して、彼女はまるでアイドルの見送り会のように沢山の友人、知り合いが彼女の元に集まり、その対応をしているからだ。これは人気度だとか、モテているだとか、学園のアイドルだとか、そう言ったライトノベルにありがちな設定などではなく、彼女が単に親しみやすく、そして話しやすい人間。ただそれだけなのである。
何はともあれ、俺は一人で彼女を待っていた。
「おっまたせー!」
茶髪と、腕と、通学カバンを揺らしながら彼女はやってきた。
「それじゃ、行こっか!」
御花と俺と、自分の自転車だけが道を歩いていた。もし、これを誰かに見られたらカップルと間違われるのだろうか。まぁ、勘違いなどされることは人望的にもないだろうが。
男女二人で歩いているだけでカップルと本気で間違われるのは二人が釣り合っている時だけだ。それ以外は全て嘲笑の対象になることを俺は知っていた。
今こうして俺が反応を求めない語りを一人で心の中でしてはいるのだが、彼女もまた反応を求めない語りを一人で、しかし舌を動かして行っているのであった。
彼女がずっと何を話しているのかと言うと、今日行く予定の聖地の原作の話であった。心の中で語っているとは言っても、適当に相槌を返し、会話の内容をうろ覚えすることくらいは可能であった。
彼女の話を要約するとこうだった。
一。デビュー作でありながら、非常に濃密な内容であること。
二。この本には、不老不死の女性と神様の恋物語であること。
三。この神社で二人は愛の告白をし、結ばれるということ。
そんな感じの話を彼女の今までに生きて培われてきた豊富な語彙力とトーク力で、もし時間内でいかに沢山話せるかのスピーチ大会があれば優勝どころかギネス記録にまで載ってしまいそうな文字数で一定のペースで語られているのであった。
そんなこんなで、彼女の話を聞いている内に皆国神社へと到達した。
皆国神社はここから自転車で十分。俺の家からでは大体自転車で十五分程離れたことろにある場所である。少し急で、長い坂道を上ると少し広い境内に入る。敷地内は広くはあるが、この神社にはHPや御朱印どころか、付近には住宅街も、学校も、駅もないのであまり人は近づかない。というより、滅多に人が来ない。祭りも、政もここでは行われたことがない。
いわば、ほぼほぼ廃墟と言っても過言ではない場所であった。
「それで、御花さん。その原作の場所ってどこなんだ?」
「前から言ってるけど、御花、か お前呼びでいいよ。君と私の仲なんだから」
「そういう訳にもいかない。俺には君付けで君呼びをしているのに君だけ呼び捨てだと、何というか、示しがつかないというか、筋が通らない」
「示しとかしめじとか筋だとかくじだとか。そういうのは別に気にしなくていいよ。私は気にしないからさ」
「そうは言ってもだな」
「頼み事。のようなものだと思って呼び捨てで呼んでほしいな」
「分かった。それならそうしよう。それでさ御花。結局どこにあるんだ? さっきからずっと適当に歩いてはいるけど。俺は場所を知らないからお前についていくしかないぞ」
「もうすぐ着くよ。......ほら着いた」
そこは、先程来た神社と比べるとあまりにもこじんまりとしていて、それでいて辺鄙な場所であった。伝説の剣が眠っていそうなほど辺りの殆どが木で覆われていて、草が剝げて砂が見えるだけで道はあまり整備されていなかった。
一つだけ。言うとすれば、その道という名の砂の中心部に小さな社があった。
というよりも、先に社が作られて、後から道が作られたような、そんな雰囲気がした。それほどまでにここに社があることに違和感があった。
社は丁寧に扱われているのか、新品同様に綺麗だった。
「確かに、いかにもって感じの場所だな」
「うん。原作でも表現はされていたけれど、ここまで同じだとは思わなかったよ。同じすぎて逆に不気味なくらい」
確かに、彼女に行く途中で彼女に無理矢理本を取り出され、表紙を見せてもらったがそこに描いてあった社と全くと言っていいほど同じだった。
「それで、どうするんだ? 原作再現でもするのか?」
「まさか! ただ単に来てみたかっただけだよ。お祈りして帰ろ」
ということで、俺達は二礼二拍手一礼をするために社に近づいた。
違和感。そうだ。この社には違和感がある。綺麗すぎるのだ。こんな本殿と離れた位置にある社がここまで整備されているだろうか? 上下左右、斜めを見ても苔どころか埃一つないのだ。
いや、それ以前に違和感があった。
なぜ俺は今日返してもらった本の聖地どころか内容を知らないんだ?
確かに彼女に俺はこの本を貸したはずだ。であるのならば、本の内容を多少は覚えているはずだ。なのに、今日返してもらった本の内容を俺は全く知らない。
そもそも、本の存在自体を、貸した記憶を覚えていない。
「なぁ、御花」
そう語りかけて彼女の方を見ると、俺は次の瞬間、本能的に外に駆け出して自転車へと一直線に向かうのであった。
何故ならば、彼女の眼球には大量の蠅、いいや、煙が入っていたのだから。




