復活と休息
ここはどこなんだろうか。病院かと思ったが、白いのは天井だけで、それ以外は家具やぬいぐるみなどがあって、色々とカラフルだった。
身体を確認したが、特に外傷も包帯も見当たらなかった。あれは夢幻の一つだったのだろうか。しかし確かに、あの感覚は確かにあった。
何にせよ、今は体に腕を巻き付けているくらげを何とかしないといけない。
「くらげ、その、俺は大丈夫だから早いとこ離してくれないか」
「い"ぎででよ"がっ”だあ"あ"あ"!!」
しばらく黙って泣き止むのを待っていた。数分後、濡れたシャツを離してようやく泣き止んだ。
「それで、ここはどこなんだ? 病院ではなさそうだが」
「私の家だよ。調君が廊下で倒れてたからここまで運んできたんだよ」
「となると、峨朗姉弟も手伝ってくれたのか?」
まぁないだろうが、念の為聞いてみた。
「いいや。何故かあの二人、急に帰っちゃったんだよねー。一報はくれたけど」
まぁ、そうだろうな。となると、やはり俺を刺してきたのは彼女で間違いないだろう。
しかし、困ったことになった。理由は分からないが、彼女に命を狙われている以上、どうやって学校で過ごそうか。登校するのはもちろんダメだが、欠席の連絡をしても、連絡をしたという事実でバレるだろう。転校しても転校したことがバレる。
正直言って手詰まりだ。殺されるのも勘弁でもある。まぁ、何はともあれだ。
「ここに長居するのも悪い。そろそろ帰る。すまないな、色々と迷惑をかけて」
そう言って立ち上がろうとした時、彼女に手を掴まれた。
「駄目だよ。さっきまで寝たきりだったんだから」
「大丈夫だよ。俺の体は俺が一番分かってる」
「だーめ。ダメったらダメ! せめてご飯を食べて帰って!」
頑なに断っても水掛け論になるので、それなら大人しくご飯を食べて帰ることにした。
「分かった。ありがたくいただくよ」
こうして俺は彼女の手料理を頂くことになった。しかし、母親以外で誰かに食事を作ってもらうというのは初めてだ。
ここから先の発言は、俺の思想に過ぎないので無視してもらって構わない。分かりやすく、『』で始まりと終わりを表しておこう。
『俺は食事という行為があまり好きではない。というよりは、興味がないに等しい。当然、食事をするのであればとてつもなく美味しい料理を頂きたい。しかし、とてつもなく美味しい料理というのは基本的には高値か、時と場所と状況というものでしか判別できない。
高値の料理というのはそれ相応の素材、技術、難易度がある。高値であることも納得の味であるのが当たり前だ。しかし、庶民である俺にはそれは、「美味しいから高い」のか。「高いから美味しい」のかの判別は難しい。
そして、高値の料理には果たして一般的な家庭の価格の料理の美味しさを超える保証はどこにもない。美味しくはあるが普段食べているものと同じくらいの美味しさという可能性は捨てきれない。人の好き嫌い、美味しさの感覚は別々なのだから。
そして時と場所と状況を選ぶ料理。例えば、深夜に課題を終わらせた後の家系ラーメン。家庭の事情で年に一度あるかないかでしか食すことができないインスタント製品や、大事な人が自分のために作ってくれた食事などだ。
あの状況で食べる食事は達成感、あるいは背徳感という感情のスパイスが料理を美味しくしているのだ。これを、休日の昼に、そして日常的に食べているとなると、やはり家庭料理の価値には遠く及ばなくなる。
俺はこの上記の条件のいずれかを満たす食事というのを普段取らない。だからこそ食事に興味を持てないのだ。俺にとって食事という行為はただの生きるための手段に過ぎない。
食事というのは面倒で、終わらせるには数十分かけなければならず、咀嚼している間は身動きが出来ない。恐らく、睡眠と入浴の次に無駄な時間だろう。
睡眠と入浴と言えば、俺は睡眠に対しては体が勝手に必要な量を取ってくれるが、入浴に関しては自分の都合で決めるものであり、あまり好きではない。
当然だが、俺は基本的には毎日体を洗ってはいる。とはいえ、シャワーでしか済まさず、風呂は滅多に入らない。ホテルや旅館のように、備え付けがあるのであればまた別だが、いずれにしろ、一通り風呂に入って体が温まってしまえば満足で30分ほどであがる。
話を戻そう。
俺の理想の食事は、不味すぎず、すぐに食べ終わることができ、満腹感を得られて必要な栄養を満たすことが出来るものだ。それさえあればこれといった不満はない。
しかし、現代ではそういったものは未だ発明を確認できない。完全栄養食などもあるが、あれはカロリー不足や咀嚼回数の低下による顎や消化器官の衰えなどデメリットがないわけでもない。だから俺は仕方なく決まったメニューのバランスのとれた食事を取っている。』
「出来たよー! 召し上がれ!」
そうこう考えている内に、くらげの調理は終わり、テーブルに二人分の料理が置かれた。
メニューは、鮭の塩焼きと白米、味噌汁というシンプルな和食だった。
「どう......かな? 苦手なものとかない? 鮭の皮とか」
「好き嫌いとかはないから安心してくれ。いただきます」
そう言うとくらげは、いつもの笑顔が二倍増しになった。
「それはよかった! いただきます!」
さっさと食べて帰るとしよう。俺は鮭を箸で切り分け、口に運んだ。彼女はまだ食事に手をつけず、俺の方を見て反応を伺っている。
噛んだ瞬間、俺の口は自然と咀嚼を求めた。今までに食べてきた食事で、こんなにも味を求めて口が動くのは生まれて初めてだった。美味いというよりかは、温かな味。それが彼女の料理に対する俺の評価だった。
そして、喋らないまま止まらない俺の口と箸に彼女はまるで子どもを見るような顔をして、ようやく食事に手をつけた。
「ごちそうさま。今までに食べた食事の中で一番美味しかった」
そう言うと彼女は静かに笑った。
「ありがとう。それならまた作ってあげるよ」
その言葉に俺は食事とは違う温かさを感じた。しかしそのぬくもりには満腹感はなく、すぐに冷めてしまった。
「そろそろ帰るよ。また来る」
ドアに向かって歩き出す俺に、床を静かに叩く音が一つだけ聞こえた。
振り返ると、猫背の彼女は、寂しそうな表情で俺に向かって片手を伸ばして右足だけを前に出していた。
「その......また、来てね」
俺は微笑んで答える。
「ああ、必ず」
静かな風を浴びながら、俺はドアを開ける。
一歩ずつ、自転車の置いてある図書館へと向かっていく。
分かってはいた。分かってはいた。あの時間はただの気休めにすぎず、スポーツで点を取った後の隙間時間のようなものに過ぎないのだと。
「驚いた。生きていたとはな。しかし、無駄なことだ。また殺してやる」
「ごめんね調君。僕は君を助けない。助けないけど手は出さない」
虫の集まる電灯の下、峨朗姉弟が包丁を持って立っていた。




