事実と小説
珍しく、夢のない目覚めだった。汗一つない気持ちのいい眠りだった。
枕元を見ると、携帯が鳴っていた。 着信先は野間野野々。俺の中学時代の家庭教師で、現在も交流を続けている。
俺は電話に出た。
「園崎調君で間違いないかな?」
「はい。間違いないですよ」
「誕生日は?」
「3月23日」
「好きな本のジャンルは?」
「ミステリー」
「将来の夢は?」
「まだ特に決めてません」
「うん。合格だ。きっと君は調君に違いない」
「このくだり、何回続けるつもりなんですか?」
「無論、死ぬまでだとも」
「それで、今日もいつもの場所に、ですか?」
「いんや? 今日は君に少し報告をばね」
意外だ。この人にも報告という概念があったとは思わなかった。
「しばらく私はハナと2人で海外に行く。まぁないだろうが、もし怪異絡みのことが起きたらよろしく頼むよ。じゃ」
そう言って電話が切れた。いくらなんでも急すぎる。どこの国に行ったかは分からないが、あの感じだと恐らくもう着いていることだろう。
うだうだ考えても仕方がない。俺は朝食を済ませて学校へと向かった。
時刻が戻ってはや数週間。期末テストが終わり、あとはテストの結果と夏休みを待つだけだった。
授業も、全てテストを受け取って復習するだけの簡単な時間で、流れはいつもよりも早かった。一人一人が喜んでいたり、嘆いたりしていた。
俺は赤点さえ回避していれば何でもいいのでサッと見ただけであまり点数は覚えていない。
そんなこんなであっという間に最後の授業が終わり、あとは担任が教室に来るのを待つだけだった。頬杖をついていると、くらげがふわふわと笑顔で近づいてきた。
「し~らべ君っ」
「なんだおば......くらげ。良い点でも取れたのか?」
「ご名答っ! 中間時よりも合計点が高かったんだ!」
天真爛漫で元気満々な彼女だが、成績は良い方だ。クラスの中でも上から数えた方が早い。
「それでそれで、調君はどうだったの?」
俺はクリアファイルから貰ったテスト用紙をザっと取り出し、そのまま渡した。くらげの顔を見るに、まぁ良い方ではあるのだろう。
「ねぇ調君」
「なんだ?」
「今度、勉強教えてくれない?」
くらげは、作り笑いでそう言った。その言葉は配慮しているのか、それとも自尊心の破壊によるものなのかは分からなかった。
勉強会の約束を交わすと、担任はプリントを回して部活動生を含む全校生徒の一斉下校を命じてきた。
プリントの内容としては近所で連続殺人事件が夜間にて発生しているというものだった。
そういえば、地方番組でもニュースになっていた気がする。他人からすればかなり恐ろしい話だろう。犯罪予告でも何でもなく、実害があって犯人は未だ捕まっていないのだから。
そんなこんなで下校時間にもなり、俺は家に帰ることにした。
注意喚起をされているにも関わらず、他の生徒はいつものように買い食いや寄り道をしていた。
駐輪場から自転車を出すと、後ろから肩を叩かれた。振り返ると、くらげと見知らぬ男女が居た。
「やっ、調君。一緒に図書館でも行こ」
「それはいいけど、その二人は?」
「ああ、紹介が遅れたね。彼らは私の所属してる読書愛好会のメンバーで、友人の二人である峨朗姉弟」
くらげがそう言うと、短い髪をした姉の方は軽い会釈、眼鏡をかけた細目な弟の方は深い会釈をした。
「姉の峨朗雷鼓だ。よろしく頼む」
雷鼓は鋭い目つきでそう言って、ポケットに軽く手を入れた。
「弟の峨朗雪です。よろしくお願いします」
一方で雪は細目だが穏やかな顔で、手を前に置いて俺を見た。
そんな感じで俺たちは四人で図書館に向かった。くらげが会話の橋渡しをしているお陰で何とか沈黙は破られているが、何を話せばいいか分からない。
そんなことを考えていると、雷鼓が話しかけてきた。
「そういえば園崎。本日学校でも話題であった連続殺人事件だが、君はどう思う」
「どう思うと、言われても、別に何も」
「姉さんが言いたいのは恐らく、感想じゃなくてどんな人物が犯人だと思うかってことなんだと思います」
「そう言われてもな。事件の詳細を知らないから特に分かることはないな」
「それなら、図書館を介してネットや新聞で調べてみないか? くらげはどうだ?」
「うーん。誘ってもらって悪いけれど、私はいいかな。怖いのはちょっと苦手だし」
「そうか。分かった」
こうして俺と雷鼓、そして雪も一緒に事件について調べることになった。
姉弟が前に言っている間、ちょっとした疑問が湧いた。
「どうして彼女は俺に事件について聞いたんだ?」
小声で呟いた言葉をくらげは拾った。
「それはもちろん、調君がミステリー好きだってことを話してたからじゃないかな」
道の途中、俺たちはお互いに好きな本のジャンルを話していた。俺はミステリー、くらげは恋愛小説。雷鼓は純文学、雪は群像劇が好きらしい。
「それはそうなんだが、別にミステリーが好きだからって推理が得意とは限らないだろ」
恋愛小説が好きだからと言って、人の気持ちが分かるとは限らない。泣ける小説が好きだからと言って、悲劇に同情出来るとは限らない。それと同じことだ。
「まぁ私も恋愛小説は大好きだけど経験はないしね。でもまぁ、普通の人よりかは鋭いんじゃないの?」
そんな会話をしつつ、目的地に着いた。
くらげは大きなテーブルに本を積み、ページをめくり続けている。俺は新聞で事件について調べた。とはいえ、あまり大きく載っていないため、年齢、性別、職業に関連性がないことくらいしか情報は得られなかった。
信憑性は新聞と比べると薄いが、備え付きのパソコンを使用して調べることにした。
被害者達の名前を調べると、関連性が見えてきた。
被害者たちは全員、過去現在で未成年者に対する犯罪を行っていたのだ。
監禁。殺人。強姦。売買。切断。主にこれらの犯罪を行っていた。また、被害者によって監禁されていた者によると、助けてくれた人もとい犯人は二人居たらしい。
人によっては犯人をダークヒーロー扱いされている。しかし、未成年を助けているからと言って二人のあだ名が「ロリコンブレード」と「ショタコンブレード」というのはいかがなものだろうか。蔑称がすぎる。
単独犯ではなく、二人で居ることが多いというのは結構良い情報かもしれない。俺はパソコンから離れ、この情報を共有すべく、二人を探した。
しばらく廊下を歩き回っていたがまるで見つかる気配がない。一度くらげのところに戻ろう。そう思うと、先に雷鼓の姿があった。
手を振るも彼女は黙ったまま、曲がり角に行ってしまった。
仕方がないので追いかけると、そこには通路も何もなく、ただの真っ暗な行き止まりだった。
なんで彼女はあんなところに行ったのだろうか? 周りを見ても居ない。
その時、背中が異常に熱くなった。後ろを見るとそこには
俺をナイフで刺す雷鼓と、それを見ている雪の姿があった。
「悪いな調。悪いとは思ってないが、死んでくれ」
鼓動が早くなり、呼吸がいびきのように、潰れ、そしてかすれている。
俺は、死ににくくはあるが、死なないわけではない。冷たさが身体を動かすのを阻む。目が段々と、閉じていく。
誰かの声が聞こえる。俺は生きているのか? どうやら急所は免れたようだ。目を開けると、真っ白な天井が見えると同時に、泣いているくらげが起き上がった俺に抱きついてきた。




