半端者 園崎調
それから、何時間経ったか分からない。時間としては数分に過ぎない。血の匂いと、果物が潰れたような音だけが耳に響いてきた。目を閉じすぎて痛くなる。それでも目を背けるために目を閉じ続ける。
閉じて閉じて閉じて、やがて音が止まった。戦いの終わりだと思い、賽銭箱から覗き込む。
そこには、西堂ザザただ一人が血まみれで横たわっていた。僕は駆け出す。嬉々として、地面を軽く蹴りながら。
「終わったんですね」
屈みながら僕は笑う。
「ああ、終わりだ。これでもう、あいつらが生まれることはない」
彼もまた、笑いながら寝そべる。
「あとは体を治すだけですね。帰ったら美味しいご飯でも食べましょう。何がいいですか?」
そう言うと彼の顔は、僕が一人暮らしをしていると言った時と同じ顔を見せた。
「すまないな。俺はもう助からない」
その言葉に僕は両膝が地面に着いた。
「何を......! だってあなたは死なない体じゃ......」
「言っただろ。あいつは何もかもを歪めることができる。俺は在り方自体を歪められた。もうこの体が再生することはない」
その言葉に僕は膝にも飽き足らず、両手が着く。
「噓だ......何かの冗談なんだろ......?」
「本当だ。お前も俺がいつまでも再生していないことに気がついているだろ?」
確かに、彼の傷口はいつまでも塞がらない。でも、僕は傷口なんてものを見たくはない。彼の死に際が、生きた結果が、正義の味方の最後がこれだなんてことを信じたくない。
「や。その様子だと、随分と大変そうだったみたいじゃないか」
そう思った時、野間野野々がそこに現れた。
「遅かったじゃないか野々。待ちくたびれてつい眠っていたぞ」
血を止めずに、彼は軽口を吐いた。
「もう、ダメかい」
「ああ。ここまでみたいだ」
「そうかい。今までお世話になったね」
そんな、お気に入りだった飯屋が閉店する時のような会話で、二人は淡々と話した。
「野間野さん......本当にもう駄目なんですか......あなたの力があれば」
縋る思いで僕は聞いた。
「無理だ。歪みを消すことは私には出来ない。情報自体を消されたんだ。例え歪みを消しても、それが消したいものだとは限らない」
「だとしても......!」
「調」
ザザは、悟ったような顔で僕を呼んだ。
「こいつでも無理なんだ。大人しく諦めるさ。だが、お前のその気持ちは大事なものだ。決して失うなよ」
それでも方法を模索する。何か、何か一つでも幸せになれる方法を。救われる方法を。
ひたすらに考える脳の中で僕は、たった一つだけ思いついた。この方法が成功してしまえば、僕はきっと幸せにはなれない。救われることもない。ずっと後悔して生きていくことになるだろう。それでも、この人だけは安心して生きていけるはずだ。
僕は彼の体に近づいて、今も溢れ出る傷口から血を吸った。
「何を......!」
彼は首をゆっくり動かして、僕の方を見て目を大きくする。野間野は何も言おうと、何の顔も出そうとしない。
「あなたは前に言いました。理人は人外の死体を喰うことで力を増す。逆に生きたまま喰うことで力を奪うと」
「お前、まさか」
「では逆に死につつあるあなたの体を、人が食せば、僕はあなたと同じになれる。人魚の伝説のように」
「それは、人魚の話だろ。こんなことに意味はない」
「意味がなくても、やる価値はあります」
「それでもし、お前が耐え切れなくなったり、暴走したらどうするつもりだ」
「その時はその時です。大人しく死にますよ。野間野さん。僕が僕でなかったらその時は」
「ああ、分かった」
「辞めてくれ......! お前みたいなのはもっと......!」
「自由であるべきだって? 言ったじゃないですか。僕は十分自由ですよ。窮屈なくらいです。自由よりも、何かやることがある方が僕はきっと、性に合っています」
「だとしても......! いや、もう無駄か。段々と意識が薄れていくのが分かる。もし、お前が俺みたいになったとしても、お前は俺みたいな死に方をしないでくれ」
口元も歯も真っ赤な僕に、彼は目をゆっくりと閉じながら僕に語る。やがて、彼の目は開かなくなった。
身体が熱くなりながら、彼の体が冷たくなるのを、僕は触れながら見届けた。




