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煙は、蠅だった。

 大量のはえが視界いっぱいに覆われる夢を見た。


 厳密には、蠅のような黒煙こくえんが立ち込める夢なのだが。


 振り切っても振り切っても煙は離れない。


 窒息しそうになったところで目が覚めた。


 時計を見ると時刻は午前十一時。


 日付は日曜日を指していた。


 二度寝も考えたが、眠気はとっくに覚めていたので歯を磨き、朝食もとい、昼食を取ることにした。


 どこにでもある肉炒めと野菜、そして白米に水。


 美味しくはあるが決して思い出せない味を噛みしめながら淡々と咀嚼という作業にふけっていると、電話が鳴りだした。


 俺は一度食事の手を止め、電話に出た。


 「園崎調そのざきしらべ君で間違いないかな?」


 「はい。間違いないですよ」


 「通っている高校は?」


 「私立童囃子しりつわらべばやし高校」


 「好きな食べ物は?」


 「鯛のムニエル」


 「得意科目は?」

 

 「歴史」


 「うん。合格だ。きっと君は調君に違いない」


 「このくだり、何回続けるつもりなんですか?」


 「無論、死ぬまでだ。それじゃあ、いつもの場所で」


 そう言って、通話が切れた。


 もはや数え忘れてしまったが、ここまでのくだりを俺は何回も繰り返している。


 通話先に居るのは野間野野々(のまののの)。俺が中学時代の時に家庭教師をしていた彼女に出会い、交際はしていないが交流は続けている。


 彼女は必要な時以外連絡を一切せず、した時には内容を語らずに一方的に呼びつけてくる。


 彼女は社会人を超えた年齢でありながら、社会人の常識を持ち合わせていなかった。「報連相」と聞いても、大量のシュウ酸を分泌する植物のことだと思ってしまうくらいには。


 そんなこんなで俺はすぐに着替え、自転車で十分程走らせていつもの場所に向かうのであった。


 自転車から降り、石造りの鳥居をくぐりながら、短いとも長いとも言えない階段を上るとそこには、長髪で白髪の女がどこで買ったかも知らないペラペラな制服を着ながらそこに立っていた。


 「随分と待たせてくれたのぉ。小童こわっぱよ」


 彼女はそう言いながらわざとらしく笑った。


 「そういうキャラじゃないでしょあなた」


 「フフフ。軽い冗談さ。一度幼女の見た目をした老婆になってみたくてね。や、よく来たね」


 まさしく、このふざけている少女のような人間が野間野野々であった。


 「それで、今日はどんな用事で?」


 「いつものことさ。つい最近世界崩壊を阻止してね。その代償の支払いを君には手伝ってもらいたい」


 「分かりました。それで俺はどうすれば?」


 噓という名の冗談ばかりの彼女だが、これに関しては冗談でも噓ではない。

 

 何故なら彼女は人間などではなく、実際に何度も世界を、人を救っているのだから。

 

 野間野野々(のまののの)は人ではない。そういう俺もまた、人ではない。どうしてそうなったかはいつか話そう。


 ともかく、彼女と俺は同じ人外ではあるものの、彼女と俺とでは方向性が違う。ジャンルが違う。性格が違う。性別が違う。立っている物語が違う。


 彼女がバトル漫画のキャラクターならさしずめ俺はバッドエンド多めのノベルゲームの主人公と言ったところだ。


 具体的に、そして例えて言うのであれば、彼女は『書きこんだ物そのもの自体が消えるノートに無限の修正液と永遠に使用できるシャープペンシル』を脳内に持っていた。あらゆる事象、怪我、歴史、運命、そして嫌いな食べ物の食事まで。その全てを消し、新たな事実に上書きすることが出来る。


 彼女にとっては、戦争を、貧困を、少子高齢化問題を、定期テストの開催などの問題を方法を問わずになかったことに出来る。


 例えば、貧乏人が唐突に集められてデスゲームをするとしよう。死にたい人間など居ないが必ず犠牲者は発生する。しかし、彼女が登場さえしてしまえば、デスゲームもただのゲームと化す。運営者は突如死亡し、ギミックは動かなくなり、参加者たちの金銭問題は唐突に解決する。彼女にはそれが可能であった。


 簡潔に言ってしまえば、()()()()()()()()()()()()()()。それこそが彼女が人外たる所以ゆえんであった。


 一方で俺。そんな能力は当然持ち合わせていない。怪力だとか、瞬間移動だとか、世界を守る力だとか、IQが500だとか、実は怪人組織に改造された正義のヒーローだとか、そう言った大袈裟な力は一切持ち合わせていない。仮にデスゲームに参加しても最初の犠牲者役になるのが関の山だ。


 では、一体何が人と違うのか。俺は人ではあるが人ではない。いわば()()()なのであった。簡単に言ってしまえば、傷の治りが異常に早いのである。簡単な傷は数秒。出血は数分。骨折は数時間。臓器破損は数日。欠損は部位さえあれば一瞬。それが俺だ。


 とはいえ、死なないわけではない。ただ、()()()()()()()()。普通に頭を破壊されたり、心臓を抜かれて潰されたりされてしまえば、誰かの助けがなければ意識はなくなり、死亡したままになり、戸籍はなくなって口座も凍結される。だから、半端者。


 そんな半端者の俺は何度目かの呼び出しに応じ、用事の内容を聞いていたというわけだ。


 「何があったかは省くが、つい最近またこの能力を使ってね。恐らくだがその影響で何かの怪異、あるいは妖怪が復活してしまったね。君にはいつも通りその情報集めをお願いしたい。もちろん、私に何かあれば君自身の手で解決してもらいたい。」


 彼女の能力は強力で万能ではあるが、決して汎用的で便利なものではない。彼女はあらゆる物を打ち消すことは出来るが、その代償として()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ノートに修正液で上書きしてシャープペンシルで書き込んでいるのだ。元は何が書いてあったか彼女自身、思い出せないのも仕方がない。

  

 「分かりました。それで、場所の目星は?」


 「それが復活したとは言っても反応がなくてね。恐らくかなり衰弱しているんだろう。いずれにしろ、私が処置をしているということは害を成す生物であることに変わりはない。見つけ次第連絡と処理をしてくれたまえ。」


 結局、ノーヒントのまま俺は家に帰された。まだ見つかってもいない物を考えても仕方がないので俺はそのまま自堕落な休日を過ごして眠ることにした。


 二日後、野間野野々の死体が皆国みなぐに神社付近にて発見された。


 


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― 新着の感想 ―
不穏な日常から一気に物語が深みえ落ちていく展開が印象的ですね。
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