9話 真夜中の砂嵐
なんとか雨に降られずに、湊音は家へとたどり着いた。
「ああ、危なかった。あと少し遅れていたら、びしょ濡れになるところだった……あれ、おじいちゃん?」
家の中を見回しても、祖父の姿はない。
そのとき、裏庭のほうから、ダンッ、と鈍い音が聞こえてきた。
音のするほうへ回ると、祖父が薪を割っているところだった。
「ただいま」
「おう、帰ったか。おかえり」
祖父は斧を止め、軍手の甲で額の汗をぬぐった。割った薪を手際よく脇へ積み上げる。
「夕飯まではまだ少しある。先に風呂、入るか?」
正直、汗でべたつくシャツが限界だった湊音は。
「うん!」と即答した。
浴槽と穴でつながった薪ボイラーに、乾いた薪と丸めた新聞紙を放りこむと。祖父は、マッチをすって火を近づけた。
ぱちぱちと乾いた音を立てて、すぐに薪が燃えだす。
「飯の支度がある。火をみててくれ」
そう言うと、祖父は家の中へ戻っていった。
開口部の奥で、炎がゆらゆら揺れている。
黄色、オレンジ、赤――どれとも言い切れない光の混ざり合いに、湊音は時間を忘れて見入った。
どれくらい見つめていたのか。
ガラガラッ、と風呂場の窓が開いて。
「湯が沸いたぞ。入れ」
祖父が顔をのぞかせた。
◇ ◇ ◇
脱衣場では手作りの棚に、服を入れる竹籠が置いてある。
風呂場は床も湯船もタイル張りで、湯船の中には腰かけ用の段がついていた。
どこか昔の家の風情を残している。
お湯が熱かったので蛇口をひねるが、水の勢いは弱い。
井戸水を引いた水道なので、何度回してもあまり水量は変わらなかった。
ちょうどいい湯加減になったところで湯船に体を沈めると、じわりと芯までほぐれていく。
開け放った窓から湯気が逃げていくのを、湊音はぼんやりと眺めた。
遠くで鳴る雷も、もう別の世界の出来事のようだ。
湊音は、山の上で聞いた祭囃子の音を思い返していた。
◇ ◇ ◇
夕飯には、祖父の手による煮物や焼き魚などが並んだ。
それを食べながら。鉱石ラジオが山の上ではしっかりと音を拾って鳴ったことを、湊音は話した。
「そうか。ちゃんと音を拾えたか」
祖父は目を細め、湊音の話に耳を傾けていた。
良いことがあった日は、家に電話して親に報告することもある。
けど今日は、疲れが出たのか眠くてしかたがなかった。
夕食を終えると、テレビを見る気力もなく、祖父にお休みを言って部屋に戻る。
そのまま布団に潜り込むと、体の奥からこれまでの疲れがどっと押し寄せてきた。
「あっ……お婆さんの名前。おじいちゃんに話すことを忘れていたけど……なんて名前だったかな?」
すでに夢うつつの頭では、うまく思い出せない。
昼間に見た干上がったダムの景色や、イヤホンから溢れてきた音などが、ぼんやりと頭に残る。
やがて意識は、深い眠りの底へと沈んでいった。
◇ ◇ ◇
真夜中。
……ザー……
聞き覚えのある砂嵐のような音で、湊音は目を覚ました。
「うん……雨?」
目をこすって、朦朧とした意識を覚醒しようとする。
雑音の奥から、昼間に聞いた祭囃子の音が途切れ途切れに聞こえてきた。
太鼓や笛の音に重なる、楽しげな笑い声。
耳ではなく、頭の中に直接響いてくるような音を、湊音はただぼんやりと聞いていた。
――そのとき。
足元の感覚が、すっと消えた。
「わわわ!?……え、なに……?」
ふわりと体が宙に浮いたような感覚に包まれ、思わず目を閉じる。
次に目を開いたとき。
湊音は、見知らぬ場所に立っていた。




