7話 ダムに沈んだ村
「ちょうどお嫁に行く頃に、村がダム湖に沈むって決まってねぇ」
お婆さんは小さく息を吐いた。
その言葉と同時に、バスはダムの上に架かる橋へ差しかかった。
「……あ」
湊音は、思わず息を呑む。
記録的な日照りで水位が下がったダム湖。
濁った湖面の下から、黒い影がいくつも浮かび上がっている。
コンクリートの屋根に、忘れられた橋。
そしてその向こうに、柱のようなものが水面から頭をのぞかせていた。
「本当だ、湖底なのに村がある!? あれは……鳥居?」
「そう。村にあった神社の鳥居ね」
とお婆さんは懐かしそうに笑った。
そこには「村」があったことを物語る痕跡が点在していた。
「神社には、何を祀っていたの?」
湊音の疑問に、お婆さんは秘密を打ち明けるような顔で教えてくれた。
「村が沈んだ今では、知る人もほとんどいないけれど……昔からこの辺りの土地を守ってきた山の主様よ。巨大な龍の姿をした、とても古い神様で、ヤマオロシと呼ばれているの」
「山の主……?」
「そう。あそこの一番高い山の上に白い雲がかかっているでしょう? いつもはあの雲の中に隠れていて、麓の村々を災害から守ってくれているのよ」
「そんなアニメに出てくるみたいな存在が、本当にいるの?」
半信半疑の湊音に、お婆さんはにこりと笑った。
「おばあちゃんは昔ね、あの神社で巫女のお仕事をしていたことがあるの。そのときに見たわ」
湊音は驚いたような顔で、お婆さんを見た。
「本当!?」
「うん、本当よ。あの村ではね、お婆さんが生まれるよりもずっとずっと昔に、崖崩れや火事が続いたの。困り果てた村の人たちは、神主さんにお願いしたのよ。どうか山を鎮めてほしいって」
昔話を聞かせるような、お婆さんの声が続く。
「神主さんがあの山頂に登ってお願いをしたら、ヤマオロシが自分の欠片を分け与えてくれてね。神社の御神体として祀れば、村を守ってくれると言ったそうよ。それを手に村に戻った神主さんは、その欠片を小さな社に納めて、山を鎮める祈りを続けたの。それ以来、大きな災いは起こらなくなったそうよ」
お婆さんは、窓の外をちらりと見た。
「でもね。山の主は、人間のためだけの神様じゃないから……人間が山を大切にしなかったり、ゴミを捨てたりすると、怒ってしまうこともあるの。怒ると冷たい黒い霧になって、山も谷も飲み込んで。その霧に触れた人は、大事な思い出を失くしてしまうんだって」
じっと耳を澄ませていた湊音は、そっと息をはきだした。
「……少し、こわいかも」
「自然界の神様は、優しいだけの存在じゃないからね……だけど、ヤマオロシの一部である『欠片』が、村を守ってくれていたのは本当のことよ」
お婆さんは、ふっと視線を落とした。
言葉が、わずかに途切れる。
「……冷たい水の底で、今も一人ぼっちなのかしらね……」
風が吹き抜け、湖面に細かな波が立つ。
黒い影が、ゆらりと揺れたような気がした。
バスは静かに橋を渡り切り、再び山道へと入っていった。




