4話 おにぎりころころ
おにぎりはコロコロと、斜面を少し転がったところで止まった。
ガサガサと、藪がゆれて。
数メートル先の草むらから、ひょっこりと顔を出したのは。
短い足。黒い鼻。どこか間の抜けた顔の……
「……タヌキ?」
目の周りから垂れ下がった、黒い模様。丸々とした胴体に比べて細い足。
野生の獣というより、山に棲む気のいい住人のような風体。
鼻をひくひくとさせたその視線の先には、おにぎりが転がっている。
ちょこんと行儀よく揃えられた短い前足をもじもじさせて、期待と遠慮が混じった丸い目で、湊音を見上げてくる。
ぷっ、と吹き出しそうになりながら。
「お腹が空いてるの? それ、あげるよ」
湊音が、どーぞ。と身振りで示すと。
タヌキはそろそろと近づいて、パクっとおにぎりを咥えた。
そのまま少し後退して、湊音と距離をおく。
そこで、おもむろにペタンと腰を落として。おにぎりを両手で掴むと、その場で食べ始めた。
まるで人間の子供のような姿に、湊音はあ然としている。
大きなおにぎりに一生懸命かじりつくタヌキの様子を見ていると、ほっこりとすると同時に、湊音のお腹も鳴った。
「僕も食べよ」
もう一つ買っておいたおにぎりを取り出して、湊音も食べはじめる。
自分のは明太子で、タヌキのはシーチキンマヨ。
反対じゃなくてよかったと思いながら、美味しそうにおにぎりを平らげるタヌキを愛でつつ、ささやかな昼食を堪能した。
手についたご飯粒も器用に舐め取って。
すっかり食べ終えたタヌキは、重そうなお尻をあげてトコトコと、もと来た藪の方へと戻っていった。
短くて太い茶色の尻尾が、ふさりと揺れている。
数歩進んだことろで。
なぜかタヌキは、立ち止まって湊音を振り返った。
「……どうしたの? おにぎりは、もう無いよ」
湊音はカラッポのコンビニ袋をカサカサと振ってみせた。
藪の前で、タヌキはじっと湊音を見ている。
「えーと? ついて来いって、こと?」
半信半疑のまま、リュックを背負ってタヌキの方へ歩き出すと。
タヌキはまた前をむいて、トコトコと藪に入っていった。
「……なんか、不思議なタヌキだな」
湊音は、あわててタヌキの後を追いかけた。
足元や枝の上の蛇にも警戒しながら、細い獣道を通って、急な坂を登りきると。
突然、木々が途切れて視界が開けた。
風が吹き抜け、山の匂いが一気に変わった。
「……わぁ」
少し先。急な角度の崖の下には、巨大なダムがあった。
これまで写真や映像でしか見たことのなかったダムは、コンクリートの厚さや、その大きさで、圧倒的な存在感を放っていた。
ただし堅牢な壁の前でせき止められた湖水は、思いのほか水面の位置が低かったが。
「こんな近くにダムがあったんだ……」
樹の枝をしっかりと掴みながら、もう少し前に出てみる。
「……あの黒い線が本来の水位だとしたら、かなり水が少ないんじゃないかな?」
振り向いたら、そこにタヌキの姿はなかった。
「あれ……どこいったんだろ?」
周囲を見回しても、草が揺れる気配すらない。
最初から、タヌキなんかいなかったみたいだ。
「……夢でも見てたのかな」
小さく呟き、時間を見る。
「わっ、もうこんな時間!? 急いで帰らないと」
山では実際の日の入りよりも早く太陽が山に隠れるため、周囲が急に暗くなる。
低い山でも、油断は禁物。
祖父の言いつけを守って、湊音は早目に下山した。




