15話 放送ジャック
「カゲロウ!?」
湊音の声に、返事はなかった。
だが黒い霧は、意思を持つかのように湊音と祖父の周囲だけを避け、ゆっくりと距離を取る。
その直後だった。
ドォーン!!
地の底から突き上げるような衝撃が走り、巨大なダム全体が軋んだ。
コンクリートに走る振動が、身体を揺らす。
湖上の黒い霧が渦を巻き。
長大な胴体と、突出した角と髭を備えた竜の姿へと変化する。
湖上にあらわれた黒竜は、厚いコンクリートの堤体に体当たりを繰り返した。
衝突のたびに濁流の飛沫が高く舞い、周囲の空気が震える。
ダムに身を乗り出した祖父が。
「よせ! そんな事をすれば、ツヅミさんが悲しむだけだ!!」
黒い影の竜にむかって叫ぶ。
神主が山颪から譲り受けたという、身体の一部。
それが、あの少年――カゲロウの正体だった。
湊音も、周囲の状況をつかもうと、懸命に頭を働かせていた。
放水警報用のスピーカーは沈黙したままだ。
巨大なダムが決壊すれば、ふもとの街は一瞬で呑み込まれてしまう。
「……大変だ!? このまま警報が鳴らないと、ツヅミおばあちゃんが危ないっ!!」
湊音の言葉に、祖父が反応した。
「何を言ってるんだ、湊音……彼女はもういない」
祖父の声は、何か重いものを含んでいた。
「だって、トウモロコシもくれたし、バスにも一緒に乗って……」
その瞬間、湊音の脳裏で閃いたのは。
リュックの奥に放り込んできた、あの鉱石ラジオだった。
「そうか。あの祭囃子は、村で過ごした楽しい日々の思い出なんだ。それなら……!」
湊音は顔を上げると、走り出した。
霧に包まれてから、時間が止まったようなダム施設へ向かって一直線に。
開け放たれた扉の向こうでは、職員たちが立ったまま虚ろな目をしている。
その脇をすり抜けて、湊音は奥へと駆け込んだ。
見つけた放送設備は、学校のそれと大差なかった。
小学校では、昼の放送で何度も触った機材だ。
湊音は、鉱石ラジオから出力トランスを経由して、スピーカーに接続した。
無事なスピーカーが残っていることを願いながら、ボリューム全開で放送スイッチを入れる。
♪~
祭囃子が、大音量で流れ出した。
篠笛の音。太鼓の響き。
そして、懐かしい笑い声。
ツヅミの声だった。
かつて村に満ちていた歌や笑い声が、ダム全体へ、山全体へと響き渡る。
黒い竜の動きが、ぴたりと止まった。
荒れ狂っていた巨体が、宙に縫い止められたかのように凍りつく。
衝撃も轟音も消えた。
黒い竜は空中にとどまったまま、わずかに身を震わせる。
それは耳を澄ます姿にも、泣いているかのようにも見えた……




