11話 祭りと狐面
夏の陽射しを受けて。
水中でひらひらと揺れる赤い金魚の尾びれが、いっそう鮮やかさを増していた。
水色の大きなタライを囲んだ子供たちは、目をキラキラさせながら、夢中で金魚を追いかけている。
後ろから、湊音たちが眺めていると。
巫女装束の少女に気づいた屋台のおやじさんが、少女の袴の裾を握りしめていた少年に、さり気なくポイを差しだした。
少年が驚いたようにおやじさんを見るが、彼は知らん顔をしていたので。
かわりに少女が唇に人差し指を当てて、内緒だよ、という仕草を見せて笑う。
少年はぱっと顔を明るくして、ポイを受け取ると、タライの前にしゃがみこんだ。
「私のお父さんが、この神社の神主なの」
肩が触れそうな距離で、少女が湊音にそっと耳打ちする。
思ったよりも距離が近くて、湊音は少しドキッとした。
金魚が跳ねて。
「あっ……」
少年が手にした薄い紙はあっけなく破れてしまった。
がっくりと、肩を落とす少年に。
おやじさんは笑いを噛み殺しながら、金魚と水の入った袋を渡してくれた。
頭を下げて、袋を受け取った少年は。
宝物を抱えるように、紐をぎゅっと握りしめた。
あなたはいいの? という顔で少女に見られて、湊音は慌てて横に首を振る。
「そこまで子供じゃないし」
本当は少しやってみたかったけど、つい見栄を張ってしまう。
歩き出すと、袋を揺らさないよう気をつけながら、少年は少し後ろをついてきた。
自然と、少女と湊音は並んで歩く。
屋台に並んだりんご飴が、ガラス細工のようにきらきらと光を弾いていた。
「ツヅミ!」
人混みの向こうに、狐の面をつけた少年が立っていた。
よく日焼けした肌の、湊音と同じ年頃の少年は、紺色の甚兵衛を着ている。
「え、ツヅミ……?」
思わず名前を口にした湊音を、少年はわざわざ狐面をずらして睨みつけながら。
人波を割って、足早にこちらへやってくる。
「あ、そっか。まだ名前を言ってなかったね」
巫女姿の少女が、湊音に笑いかけた時。
少女との間に、狐面の少年がずいっと割って入ってきた。
「……誰だよ、お前」
ひどく、ぶっきらぼうな声だった。
ツヅミと呼ばれた少女が腰に手をあてる。
「せっかくのお祭りなんだから、仲良くしてよね」
「……こんなやつ、見たことないじゃん」
狐面の少年は、無遠慮にじろじろと湊音を見ている。
「お祭りだし、今日が初めての人だっているの」
そう言って、少女は湊音のほうを向いた。
「驚かせてごめんね。あたしは、神代 鼓美。この神社の者で、巫女の見習い中なの。で、この口の悪いのが、カゲロウね」
「ふん」
カゲロウは腕を組んだまま、横を向く。
「……やっぱり、ツヅミおば……っと。えーと僕は、高山 湊音。中1です」
「やっぱり、同い年! そうじゃないかと思ってたんだ……あれ? 高山くん? 偶然ね、この子と一緒の名字だよ」
金魚を手にした少年が、少女に肩を抱かれてオロオロしている。
「町長さんとこのひとりっ子の、高山 昭一くん。遠い親戚なの」
「……た、高山昭一です。小学五年生です……」
年下の少年を前にして、湊音は一瞬言葉を失った。
「……え? 高山昭一って……うそ、おじいちゃんなの!?」
声がひっくり返る。
大人しそうな少年の正体は、祖父だった。
昭一が、みるみるうちに涙目になっていく。
「……お、おじいちゃんみたいな名前ってこと……?」
今にも泣き出しそうな昭一を背にして、狐面の少年カゲロウが、ずいっと立ちはだかった。
「おい、ガキをいじめるなよ」
湊音よりも少し高い背で、上から睨みつけてきた。
それから、くるっと昭一の方を向くと。
「お前も、すぐ泣こうとするな」
コツン、と軽く頭を小突いた。
「ひっく……」
ついに昭一が泣き出し、それを見た湊音は。
(よ、弱っちい……本当に、あのおじいちゃんなのか?)
と内心驚く。
「こらっ。年下の子にはやさしくって、いつも言ってるでしょ」
昭一の頭をよしよしとなでるツヅミに、カゲロウは顔をしかめた。
「なんだよ……べつに、悪気があったわけじゃないだろ」
ぽつり、と不機嫌そうに言う。
「ぼくも同じだけど」
湊音が口をはさむと、カゲロウにジロリとにらまれた。




