10話 巫女装束の少女
見上げた空は高く、青く澄み渡っていた。
土と草の混じった匂いが鼻をくすぐり、あたたかな日差しが頬に触れる。
真上から照らす太陽のせいで、足元の影は短い。
祖父の家から見る景色のように、山の斜面に家が点在しているわけではなかった。
そこは、山の谷あいに広がる、のどかな田舎の村だった。
「……夢?」
湊音は、その場から動けなかった。
これがただの夢ではないことは、直感が告げていた。
遠くから、楽しげな祭囃子が聞こえてくる。
太鼓と笛に人々の笑い声が重なって、空気までが浮き立っている。
村の中心にある神社のまわりには、色とりどりののぼり旗が立ち。裏手からは、パン、パンと音だけの打ち上げ花火が上がっていた。
白い煙が空に溶け、村全体が祭りの雰囲気に包まれている。
がさりと、足元の藪が揺れた。
見るとタヌキが一匹、藪の間からひょっこりと顔を出していた。
「あれ……お前は?」
タヌキは、丸い目でこちらを見上げたかと思うと。
くるりと背を向けて、走りだした。
「待って! 一緒におにぎりを食べた、あのタヌキだよね」
呼びかけても振り返らないタヌキの丸い背中を、湊音が追いかけた。
そして走り着いた先にあったのは――
村の神社だった。
◇ ◇ ◇
短い石段の先に、赤い鳥居が立っている。
奥の境内には、屋台がずらりと軒を連ねていた。
浴衣姿の人たちが、楽しそうに鳥居をくぐっていく。
石段の脇で見つけたタヌキの前には、少女がしゃがんでいた。
湊音と同じ年頃の少女は、巫女装束に身を包んでいた。
「お腹が減ったの? お芋ならあるけど、食べる?」
タヌキに向かって、ふかしたお芋を差し出している。
雪のような白衣と、緋色の袴。
背に沿って和紙でひとつにまとめた黒髪。足元には白い足袋と草履がのぞく。
その美しい顔立ちには、どこか見覚えがある気がしたが。
記憶のどこにもはっきりとは結びつかなかった。
顔を上げた少女が、湊音に気づいて。
短パンにTシャツ、サンダル姿の少年を、不思議そうに見ている。
ふと。少女の横から、こちらをチラチラとうかがっている少年と目があった。
少女の陰に隠れるように身を寄せていたのは、まだあどけなさの残る顔立ちをした、少し年下の少年だった。
白いワイシャツに紺色の半ズボンと、真っ白な運動靴を履いた少年は。
子供はみんなランニングシャツか着物に、草履や下駄といった格好の中で、少し目立っていた。
周囲からも、どこか距離を置かれているようにも見える。
少年は、少女の袖をぎゅっと握りしめて、こちらを見ていたが。
湊音が笑いかけると、少しはにかんだような笑顔をみせた。
少女は湊音に興味を持ったようで、話しかけてきた。
「どこの村の子? ここの竜神祭は初めてよね」
どう答えようかと、湊音が迷っていると。
先に少女が、すくっと立ち上がって。
「巫女神楽まで、まだ少し時間があるの。よかったら案内してあげようか?」
そう言って、にこっと笑った。
「うん、ありがとう」
少し照れながら、湊音がお礼を口にする。
「こっちよ」
少女に腕を引かれて、赤い鳥居をくぐる。
にぎやかな境内へと湊音は足を踏み入れた。




