1話 田舎暮らしとWi-Fi
駅前なのに、人の姿はまばらだった。
街から電車をいくつも乗り継いで。
中学一年生になった湊音が降り立ったのは。
背後に低い山が迫る、小さな田舎町だった。
改札を出てすぐ、祖父を見つける。
駅前に停められた軽トラックの横で、手を振っている。
畑仕事で日に焼けた顔。普段から着ている紺色の作業着。
立っているだけで、不思議な存在感があった。
「よく1人で来れたな。大丈夫だったか?」
湊音の大きな荷物を受け取ると、軽トラの荷台に載せながら祖父が言った。
「中学生だから、電車くらい1人で乗れるよ」
平気な顔をして答えた湊音だったが。
本当は電車に乗っている間は、ずっと緊張していた。
隣の県とはいえ、乗り換えもある2時間もの大冒険だ。
「そうか、もう中学に上がったんだな。孫の成長は早いものだ」
祖父が笑っている。
軽トラックの狭い助手席に揺られて町を抜けると、景色が一気に開けた。
道の脇の田んぼから、風が稲の青い匂いを運んでくる。
市道を外れて、小川にかかった小さな橋を渡ると、水面に夏の雲が映っていた。
橋を越えた先の辻には石柱が立っているが、風雨に削られて文字はほとんど読めない。
祖父はそのまま道なりに、坂を真っすぐ上っていった。
右手に棚田。左手にはぽつぽつと、古いが大きな家が建っている。
そこからさらに上がった一番奥に、祖父の家はあった。
築百年近い、木造二階建て。
家のすぐ裏手には、山の木々が迫ってきている。
大きな窓を開け放つとそのまま縁側になる、昔ながらの家の造りだ。
湊音が到着した時。
玄関の鍵はかかっておらず、縁側の窓も開いたままだった。
「おじいちゃん。家を出るときは鍵を閉めた方がいいよ」
「いちいち閉めるほど、人は来んさ。心配せんでもいい。あがれ、あがれ」
祖父は笑いながら、先に家に入った。
湊音が家に入ると。
畳の匂いと、蚊取り線香の香りが、鼻先をくすぐった。
◇◇◇
中学に入ってしばらくして。
湊音は、学校へは行かなくなった。
きっかけは、仲の良かった友達とクラスが分かれたという、些細なことだった。
運動部に入るとみんなは忙しくなり、新しい友達を作っていった。
湊音は運動よりも、ゲームの中で街を作ったり、機械の仕組みや構造を考えたりする方が好きだった。
なかなか新しい友達を作れないまま時間だけが過ぎていき、しだいに学校に行きづらくなった。
夏休みの少し前から、湊音は学校を休み始めた。
テストの日には登校したが、クラスメイトの視線が怖くて顔も上げられないまま。
終業の鐘が鳴ると、逃げるように帰った。
夏休みに入ると同時に。
友達からも逃げるように、湊音はこの山奥の祖父の家へとやってきた。
◇ ◇ ◇
荷物を置き、スマートフォンを取り出す。
冬になればコタツになるテーブルと、テレビがある和室の居間を見回して。
「おじーちゃん。Wi-Fiは?」
お茶菓子とジュースを載せたお盆を運んできた祖父に尋ねたら。
「そんなもの、ないぞ?」
なんだそれは? という顔をされたので、湊音は口を開けて言葉を失った。
スマートフォンを手に、固まった湊音を見て。
「スマホの画面の外にも、面白いものはたくさんあるさ。薪割りに風呂焚き、少し前まではカブトムシが大好きだったろ。いろいろ自分で探してみるといい」
そう祖父に言われて、湊音は。
「……えー」
長くなりそうな夏休みに頭を抱えた。




