1話 田舎暮らしとWi-Fi
駅前なのに、人の姿はまばらだった。
電車をいくつも乗りついで、少年が降り立ったのは。背後に山がせまる、小さな田舎町。
中学一年生になった湊音は夏休みの始まりとともに、電車で二時間もかけて、祖父の住む里山へやってきた。
改札を出ると、すぐに祖父の姿が目に入った。
駅前にとめられた軽トラックの横で、手を振っている。
野良仕事で日焼けした肌に、白髪まじりのグレーヘア。
いつもの作業着に、長靴をはいている。
「よく1人で来れたな。大丈夫だったか?」
湊音の大きな荷物を受けとり、軽トラックの荷台に載せながら祖父がきく。
「電車くらい1人で乗れるよ、中学生になったんだから」
平気な顔で答えた湊音だったが。
本当は電車に乗っている間ずっと、手のひらが汗ばんでいた。
「そうか、もう中学生か。早いもんだな」
祖父は目を細めて笑った。
◇ ◇ ◇
軽トラックのせまい助手席にゆられ、小さな町をぬける。
のどかな田園風景が、目の前に広がった。
道ばたの田んぼからは、風が稲の青い匂いを運んでくる。
市道を外れて、小川にかかった小さな橋を渡ると、水面には夏の雲が映っていた。
橋を越えた辻には石柱が立っているが、風雨に削られた文字は、ほとんど読めない。
坂道を進むと右手には棚田、左手には古く大きな家がぽつぽつと建っている。
さらに坂を上った一番奥に、祖父の家はあった。
築百年近い、木造二階建て。
大きな窓を開け放つとそのまま縁側になる、昔ながらの造りだ。
家のすぐ裏手まで、山の木々がせまってきていた。
「おじいちゃん。家を出るときは鍵を閉めたほうがいいよ」
湊音が着いたとき、玄関の鍵も、縁側の窓も開いたままだったのが気にかかる。
「いちいち閉めるほど、人は来んさ。心配せんでいいから。あがれ、あがれ」
祖父は笑いながら、先に家の中へ入っていった。
ため息をつきながら、湊音があとに続く。
畳の匂いと、蚊取り線香の香りが、湊音の鼻先をくすぐった。
◇ ◇ ◇
荷物を置くとすぐに、湊音はスマートフォンを取り出した。
冬になればコタツになるテーブルと、テレビのある和室の居間を見回して。
「おじーちゃん、Wi-Fiは?」
ふり向いて、お菓子とジュースを載せたお盆を運んできた祖父にたずねる。
「そんなものは、ないぞ?」
なんだそれは、という顔で答えがかえってきた。
スマートフォンを手に、湊音が固まる。
そんな孫の様子を見た祖父は。
「画面の外にも面白いものはたくさんあるさ。薪割りに風呂焚き、少し前まではカブトムシが大好きだったろう。いろいろ探してみるといい」
湊音の肩をぽんと軽くたたく。
「……えー」
予想外な夏休みの始まりに、湊音は頭を抱えた。




