恋する幻、凍えるホームで
偽りの愛でも本物の愛でも僕にとってはどちらでも良いと思っている。
何をもって偽りか本物かなんていうのは、人それぞれの価値観によって違うと思うし、それによっては、ぬいぐるみでもロボットでも恋人にもなるし、本物の愛を育めるのかもしれない。
今の僕がそうだ。一般的に偽物の象徴みたいな、空想あるいは幻覚によって生み出された澤村穂香という女の子と真冬の凍り付くような寒さの中、プラットホームのベンチで肩を寄せ合っている。
ちなみに澤村穂香なんていう実在しそうな名前をつけたのは僕じゃない。
彼女に名前を聞いた時、そう答えた。
自分の名前を微笑ましそうに言った彼女は確かに幻の存在なのかもしれないと思った。
現実の人間は自分の名前を微笑ましそうに言うほど名前というものに思い入れなんてないのだから。
「君も寒さを感じるの?」
僕は隣の彼女に聞いた。駅のホームには僕と彼女、正確に言えば僕だけしか居ないので話しかけても訝しげられることもない。
「ううん、感じないよ」
「なら、どうして寒がるように身体を震わせたりするの?」
「私は宮浦くんの真似をするのが好きなの」
彼女はそう言って寄せた身体を震わせる、僕と同じように。
真似をするのが好き、それは一見悪趣味なようで、どこか愛おしい行動にも思える。
「家でするハグも、手を繋ぐのも、こうして肩を寄せ合うのも、真似?」
そうやって一気に聞くと彼女は口を尖らせて一言「いじわる」と呟いてから続けた。
「本当はそれらの行動も真似も、私なりの愛情の示し方なの。それに全部、私からやってることだしね。宮浦くんは奥手だから」
僕は基本的に自分からそういった行為をすることがない。でもそれは、彼女への愛情の欠如から来るものではないと思う。
──結局のところ依存してしまうのがたまらなく怖いのだ。
現実では学校にも行けず、親には見放され、恋人はおろか友達もいないのに、そんな僕にこの幻は愛情をくれる、安らぎをくれる、暖かさをくれる。
世間にとっては偽物でも僕にとっては本物の愛、どちらでもいいと言いながら僕はまだそのズレを受け入れ切れていないのだと思う。
「ごめん、穂香」
僕は「ごめん」の一言に色々な意味を込めて言った。
彼女は「良いよ」とこちらに微笑む。
「いつか、宮浦くんが受け入れてくれたら幸せ、でもそうじゃなくても私は曖昧な宮浦くんも好き」
電車到着のアナウンスがホームに鳴り響く、僕たちは立ち上がって手を繋いだ。
最初は普通の繋ぎ方だったけど、思い直して恋人繋ぎというものにしてみた。
冬なのにとても暑かった、存在しないのにとても暖かかった。
電車の中では手を離さなきゃいけない。
時間が止まってくれればいいのにと思う。きっとそれくらい本心ではこの幻との間に感じる愛情に依存してしまっているのだ。